文化の創造的破壊


 ちょっと所用があり書いた短文。

Creative Destruction: How Globalization Is Changing the World's Cultures

Creative Destruction: How Globalization Is Changing the World's Cultures

『創造的破壊ーグローバリゼーションは世界の文化をどうように変えたか』
T.コウェン

 グローバリゼーションは文化の多様性を破壊するのか? 例えばハリウッド映画に代表されるようなアメリカの文化的価値観が、フランスや韓国やインドなどの各国独自の映画文化を根こそぎ破壊してしまうのだろうか。世界音楽の多様性もアメリカン・ポップスの影響で画一化されてしまい、それぞれの地域の固有性(民族音楽など)が失われたしまうのだろうか。

本書はこのグローバリゼーションに伴うよく見かける問いに挑戦したほぼただひとつの経済書である。T.コウェンはジョージ・メイソン大学で、主に文化的現象(マスカルチャー、セレブ、美術館運営など)を経済学の対象として分析してきた気鋭の若手経済学者であり、また人気ブログ「限界革命」でネット上でも注目を集めている。彼の新作『あなたの内なる経済学者を発見する方法』は全米でもベストセラーになり、そこでは合理的、非合理的あるいは無知など「多様な私」の日々の活動を評価する上で、経済学者の物の見方が有効であることを様々な例で議論した刺激的な本であった。

本書『創造的破壊』もまたコウェンが文化的な多様性をめぐる注目すべき探求の書である。本書の着眼点のひとつは、グローバリゼーションが文化に与えるインパクトを、「社会間の多様性」と「社会内部の多様性」に区別したことである。確かにグローバリゼーションに伴う文化的財の膨大な交換・生産・消費によって、異なる社会間の多様性はかなりの程度失われてしまう。グローバリゼーションを批判する論者の多くの根拠は、この異なる社会間の多様性の喪失を問題視したものである。しかし、コウェンは他方で猛烈な勢いで、社会内部の多様性が発展している現象に注目している。

例えば、私たちは日本にいながらにして世界各国で生産された文化財(映画、音楽、ファッション、小説など)を消費可能である。インターネットの普及や様々な検索ソフト・翻訳ソフトの利用はこの現象を一気にすすめた。この「社会内部の多様性」が実現したことで、市場が拡大したことで、いままで注目されてこなかった文化的現象が成長する可能性さえもあるだろう。


コウェンは音楽や繊維産業などの例に加えて、本書で一章を割いて、映画産業について触れている。その中で特に注目しているのが、現在では自国生産の映画を一定割合上映することを義務づけているフランスた韓国などの文化政策についてである。フランスは戦前の映画界で世界的な影響力を保持していた。当時の世界の映画界はハリウッドとフランスに二分割されていたといっていい。当時のフランス映画界はハリウッド映画の手法を多く導入し、また人材交流も盛んであった。フランス政府からの援助や保護は事実上存在しなかった。だが戦時体制下における映画統制から事情は一変する。戦後も政府からの保護が継続し、フランス映画産業は次第に国際的な競争力を喪失していってしまう。

しかも注目すべきは戦後のフランス映画でただひとつ国際的な影響力を持ちえた時代の映像の担い手たちーゴダールトリュフォーなどのヌーヴェルヴァーグ世代はむしろヒッチコックなどのアメリカ映画の影響を色濃くうけており、その意味では「社会内部の多様性」を生かした映画の創造者であった。しかしこのような多様性はいまやフランス映画界から失われてしまった。その多くは「社会内部の多様性」を喪失したことに求められる。確かに「社会間の多様性」が、その国・地域の文化のエートスを破壊してしまうケースもあるだろう。コウェンはこの点についても1章を割いて慎重に議論しており、単なるグローバリーゼーション礼賛ではない。

だが本書のメッセージは明確である。グローバリーゼーションによって「文化間の多様性」がある程度「破壊」されることで、「社会内部の多様性」が「創造」される。前者の損失を補って余りある文化の「創造的破壊」が出現する、というのが本書の主張である。

 ここのhicksianさんのブログも参照のことhttp://hicksian.cocolog-nifty.com/irregular_economist/2006/05/the_within_vari.html