松尾匡『新しい左翼入門』

 日本の左翼の歴史と現状の課題を面白く読ませる。本書では、左翼運動にあるふたつの社会改革の態度ー「嘉顕の道」(上から目線)と「銑次の道」(大衆のコンニャロー路線)ーを対比させ、それぞれの成果とまた陥った必然的な失敗のパターンを、いくつかの左翼内部の論争を通じて描いている。

とりあえずこのふたつの道が陥る「悪い所」は、松尾さんによると以下に。

「嘉顕の道」(上から目線)……現場の個々人の暮らしや労働事情からかい離して、理論や方針を外から有無をいわさず押し付けて、現場の個々人に抑圧をもたらす

「銑次の道」(大衆のコンニャロー路線)……他集団のことを配慮に入れず、外部に害となる集団エゴ行動をとったり、伝統的因習に無反省でメンバーを抑圧したり、小ボスによる私物化が発生したりする。

悪いことの「総合」は簡単だが、いい方向でこれらを「総合」するのは難しい。

 本書で特に印象に残ったところをいくつか

1.前半の堺利彦の位置づけがやはり面白い。おおざっぱな社会的な不正に対する「正義」みたいな感情で社会改革を目指していた堺らの態度の方が、ロシア革命の成果をうけて「マルクス主義vsアナーキズム」という不寛容な立場すすむ頃(現在も基本的にそう)に比べて「正しかった」というのが松尾さんの見立て。堺の位置に、個人の多様性(センらのいうアイデンティティの複数性)を受容する態度を見出しているのかもしれない。

2.戦前の労働者自主管理企業の歴史についてのスケッチ。おそらく啓蒙書では最初の業績でしょうね。賀川豊彦の思想や活動の功罪をバランスよく活写していて面白い。

3.戦後は、いってることはたまに正しいが、やることはだいたい間違ったり傲慢な共産党の問題性。

4.3,11を経過して、わかったことは丸山真男の『無責任体系」の論点をまったく日本は乗り越えてないこと。これについては激しく同意。日本銀行財務省問題を考えたときや、一部の政治家と話すときにもひしひしと感じてきたこと。座右には『日本の思想』と岩田規久男先生の丸山の福澤論に影響されている『福澤諭吉に学ぶ 思考の技術』は政策論争をやる人間は必携。

5.竹内好の失敗…複数のアイデンティティを結果として認めず、「その国にはその国独自の…」論が、悪しき文化相対主義や、いまの排外主義的な態度につながる可能性の指摘。

 やはり本書でいう「嘉顕の道」(上から目線)と「銑次の道」(大衆のコンニャロー路線)というふたつの道の陥る失敗パターンは似ている。簡単にいうと社会目的がどーでもよくなり、組織エゴや個人エゴしか通用しない不寛容になる。ではどうしたらいいか、本書でも少し語られているが僕はこれを松尾さんの別な論文のまとめや、彼との対談でもふれたのでそれを参照にしてほしい。

新しい左翼入門―相克の運動史は超えられるか (講談社現代新書)

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