書評『都心回帰の経済学』

 都心回帰の経済学―集積の利益の実証分析

八田達夫 (編)日本経済新聞社

本書は、編者の長年の主張といえる都市再開発の目玉である容積率緩和と、共著者のひとりである増田悦佐氏が『高度経済成長は復活する』などで主張していた「国土の均衡ある発展」イデオロギー批判がドッキングし、力強い変奏曲を生み出している。このふたつの核になる主張をフォローする実証系の諸論文も通勤のコスト計算や都市の集積効果を分析したものなど興味深いものが多い。
 東京・大阪湾岸沿いでの大規模工場の建設を禁じる1950年代末〜60年代初めの工業等制限法が大都市の衰退の元凶であった。東京圏は法人サービス業の拡大で、この規制による製造業の激減を乗り切ることができた。東京がもともと本社機能の集積効果が大きかったという歴史的経緯もこの法人サービス業への転換をスムーズなものにしたという。しかし大阪はこの転換ができずに長期低落の途を歩んでしまった。
また90年代から近年に至るまで、海外への生産拠点の移動という「産業の空洞化」も主因は、工業等制限法がもたらした製造業の労働生産性の低下によるものだという。しかし2002年7月にこの制限法が撤廃されたので、「今回の日本経済の回復は、東京圏の法人サービスの持続的高成長と、過去30〜40年にわたって潜在していた大阪圏の製造業設備投資の急回復というふたつのエンジンに支えられた腰の据わった高成長につながると見てよいのではないか」としている。
 また工業等制限法が「国土の均衡ある発展」イデオロギーと連動していて、製造業が比較優位ではない地域に半強制的に誘致されてきた、という視点は興味深い。都市への集積効果を否定するような法規制やイデオロギーは都市の発展のみならず日本経済の成長の足かせになる、と本書の主張は力強い。
 また規制緩和の効果を都市部の土地利用や交通の混雑に関して説得的な議論を展開してもいる。混雑が発生するのは、(規制によって)需要が供給を上回っているためためである。容積率緩和によって需給が一致するように地価が上昇すれば混雑の問題も解消に向かうだろう。混雑解消にはさらに道路利用のピークロードプライシングも組み合わせるべきでる、など実践的な提言が豊富である。最近の都市部の通勤地獄の緩和が、不況による雇用の減少、大規模輸送能力の拡大とともに、郊外住民の高齢化によるものだという実証は特に目新しい。さらに航空行政・港湾行政についての提言も斬新的であり、例えば国際線の大半を羽田空港に回すこと、神戸・伊丹空港の閉鎖と西宮沖の新空港建設などを提起している。今後の都市問題を考える際にまず準拠すべき一書といえるだろう。