エミリー・オスター『お医者さんは教えてくれない妊娠・出産の常識ウソ・ホント』

 編集から頂戴したのだけど、初め題名をみたときに、「ん? なんでこの本を?」と思ったが、すぐにこれが経済学魂全開の面白本だとわかった。著者は米国の若手経済学者。自身の妊娠と出産(実際には子どもをつくる決心をする前から)の体験中に、さまざまに生じる疑問を経済学のスキルを駆使して解き明かしていくというもの。受胎して出産するまでの彼女の「苦闘」がリアルタイムのように記されていてぐいぐい読ませる。子どもを産むことは冒険なんだ! と思わせる。

 そしてなんといっても彼女のキャラがいい。経済学者魂全開と書いたが、ともかく妊娠前後に浮かぶ疑問をすべて経済学的な視点(便益と費用の比較)でとらえ、それにエビデンスを要求していく。医者の助言や処方も彼女は容易に信用しない。そしてその懐疑を自分のスキル(統計的知識)を駆使して医学的論文を大量に読み込んでいき、納得するまでその作業を続けていく。この本は妊娠という冒険譚でもあるが、同時に知的な探求譚でもある。

 例えば経済的トレードオフ。どの魚をたべるべきか? 彼女は医学的なエビデンスを求めて、こう結論する。「水銀は赤ちゃんに有害だ。DHAは赤ちゃんにいい。サカナにはその両方が含まれている。一番いいのは、DHAが豊富で水銀の少ない魚を選ぶことだ」。ここには経済的な思考のエッセンスがつめこまれている。

 出生前スクーリング、妊婦の体重、飲酒やカフェインの影響、煙草の悪影響、ヨガの効果(かなりあるらしい!)などをその統計的根拠を追い求めていく姿勢は、かなり風変りでもあるだろう。それは経済学バイアスとよべるかもしれない 笑。彼女自身も自分のそのような性格をちょっと距離を置いて描いていることも、本書の随所で微笑をもたらすだろう。例えば親戚の人と子どもの性別をあてる事例をめぐってのやりとりなど。だが、本書を読めば、かなりの度合いで、多くの子どもをつくろうかと考えている人たち、妊娠中の人、そして子どもを迎える直前直後の人たちに大きな安心と判断材料を与えることだろう。僕も10数年前のわが家での経験を想いだしながら楽しく読んだ。

 クールヘッド・ウォームハート(冷たい頭脳と温かい心)を持つのが理想の経済学者であるといわれている。本書にはその理想が十分に発揮されているだろう。最近、いい経済学の翻訳を読む機会が多いが、本書も今年のベスト経済書のひとつに違いない。

お医者さんは教えてくれない 妊娠・出産の常識ウソ・ホント

お医者さんは教えてくれない 妊娠・出産の常識ウソ・ホント