ライオネル・ロビンズ『経済学の本質と意義』(小峯敦&大槻忠史訳)

 本書は経済学の今日的定義を確立し、また実証命題と規範命題との区分を明瞭に述べたものとして知られる経済学の古典中の古典である。従来は中山伊知郎監修・辻六兵衛訳の原著第二版が日本では参照されてきた。本翻訳は初めての初版の訳である。古典を翻訳すること自体に意義がまずあるが、さらに本書では巻末の訳者解説が本書の経済学の歴史における意義、著者の経歴や貢献、そしてロビンズ経済学の日本への受容史など極めて参考になる資料が付加されていて、この部分だけでも独立して読む価値がある。

 解説の中核はやはり経済学の定義をめぐる論争が、実はロビンズが従来の経済学の定義(物的厚生学派)では、文化活動などが十分に考慮されないという問題意識を背景にしていたことが明瞭に示されていることである。この解説を読んだ後に、本文を読むことがなによりも同書の理解をすすめるだろう。ロビンズが芸術活動一般に理解と独自の文化保全事業への貢献があったことも本書の理論的基礎を前提にしてであることがわかる。

 なお、本書における経済学の定義は今日のおよそほとんどの経済学の教科書にあるもの、「経済学は、代替的用途を持つ稀少な手段と、目的との間における関係性としての人間行動を研究する科学である」というものである。

 また本書の最大の翻訳の意義といえるのは、解説に詳細に書かれているrelative valuationの訳語選定である。辻訳では「相対的価値判断」とされていたものを、本翻訳では「相対的評価」にかえ、judgement of valueを「価値判断」としている。ケインズとロビンズが論争したときに、ケインズが経済学を技巧と科学の渾然一体のものとして理解し、両者を経済学者の責務としていた。解説では、他方で、「ロビンズが、相対的評価という場合、科学の中の論理的操作を示している。つまり、様々な消費(生産)可能な要素をどんな場合でも矛盾のない一定の順序に並べて、相対的な好みを選択できる作業である。ミクロ経済学の用語を使えば、完備性と推移性をもつ合理的選択である」として、ロビンズとケインズの論点のずれを明らかにもしている。

 また本書では実証的命題と規範的命題の古典的ともいえる二分法が訳書の133-35頁にかけてわかりやすい訳文で解説されている。この部分だけでも熟読しておくことは、経済問題を考えるうえで、今日「好き嫌い」「いい悪い」を安易に前提にして議論する風潮から距離をおくための最初のステップとして必要な読書経験を与えるだろう。

 ともあれ本書のような古典の翻訳の刊行をまずは喜びたい。できればロビンズの経済学史講義、また『大恐慌』の翻訳が望まれる。

経済学の本質と意義 (近代社会思想コレクション)

経済学の本質と意義 (近代社会思想コレクション)