エリック・ブリニョルフソン&アンドリュー・マカフィー『機械との競争』

 なぜ米国では景気がよくなっても雇用がなかなか回復しないのか。

 著者たちは、それは技術(テクノロジー)が人間に先行してしまったからだ、というのが著者たちの主張である。もちろんクルーグマン的な総需要不足が失業増加の原因であることも認めている。

 テクノロジー失業が顕在化していく法則はふたつある。ひとつはムーアの法則(集積密度の倍増スピードの法則)とチェス盤の法則である。このふたつを利用すると、ある時期を境にして猛烈にコンピューターの進化がすすむ(指数関数的増加)。著者たちによればテクノロジー失業の本番、つまりテクノロジーの指数的増加の脅威にさらされるのはこれからが本番だ、という。

 賃金が無制限に調整可能なケース→テクノロジーの指数的改善→賃金が最低生存水準を下回る→失業を選択
 賃金に下方硬直性があるケース→テクノロジーの指数的改善→賃金引き下げは時間がかかり、生活上の問題に加えて、賃金引き下げは働く意欲を阻害する。

 経済格差の加速化

1 スキル偏重型技術革新の進行→スキルのある労働者への相対的需要増加(=スキルの低い労働者への相対的需要減少)⇒両者の賃金格差拡大。スキルの高低は単にコンピューターを利用する技術の高低ではなく、仕事のやり方の高低及ぶ広範囲なもの。⇒スキル高い労働者は所得増加で余暇選択、スキルの低い労働者は所得減で支出減少。

2 スーパースターの総取り経済の加速。例:音楽などの複製技術の進歩。複製技術によってトップのアーチストが聴衆を独り占めする。CEOの所得が爆発的に大きいのもビジネスプロセスでのテクノロジーの貢献(この点についての著者たちの主張は説得的ではないように思える)。⇒需要縮小のメカニズムは1に類似なので省略。

3 資本家と労働者の格差拡大。テクノロジーが労働者に置き換わると、資本家の所得の取り分が労働者に比して多くなる。近時の資本の配分の急上昇の指摘(これについては近似の傾向はデフレ化要因が強いのではないか?と僕は思う)。⇒著者によれば資本家は限界所得を貯蓄に回すので、全体としての消費が減る。

1から3まででスキルの中央値をもつ人たちほど所得が落ち込んでしまう。なぜなら半熟練労働(例:帳簿つけなど)の方が容易にテクノロジーで代替され、むしろ肉体労働の方がしにくいという経験則がある。

経済格差拡大がもたらす便益と社会的費用

便益:所得格差はスキル獲得のインセンティブになる。スーパースターへの憧憬も資本蓄積を促す
社会的費用:所得の限界効用は逓減。機会の平等の実現性の困難。社会不安の醸成。そして著者たちはテクノロジーの進歩が所得格差をもたらし、それが総需要を(上記の3つのケース各々のルートを通じて)縮小させて今日の失業を招いたとする。
テクノロジーの進歩はなぜ総需要縮小に大停滞前まで顕在化しなかったのか?
1 2006年まで先の指数的爆発がなかったから
2 上記の3ルートでの需要の落ち込みを、借金経済が補っていたから。

著者たちの現在の失業についての見解は、1)クルーグマン的な総需要不足をみとめて、他方でテクノロジー失業を構造的問題の同時進行として評価する見方。2)それをさらに超えて構造問題自身が現在の大停滞の主因とみなす、という見方が混在している。本音としては後者にあるのだが、まだ断定できるだけの証拠を集めてないという言い草だろう。

では、どうすべきか。
著者たちは、中間のスキルをもった労働者が膨大に余っていること。また安価な進んだテクノロジーが存在すること、このふたつを結びつけたビジネス(例:グーグルなど)を主張する。ここまでくると(こないでも)この日本の長期停滞で何度も何度も話題にでてきたIT革命だとか新しいSNSの可能性が市場を生むとかその類の後付的紙芝居とすいれすれになってくる印象を避けることができない。
また米国の公教育は非効率的なのでデジタル技術を導入して効率化をはかり、人的資本の向上でも対応しましょうよ、というお話。

この組織改革と人的資本だけではなく、著者たちは19のステップというテクノロジー失業に抗する方策を提起している。それらはジンガレスの本とかなりかぶる内容だ。すべて競争を優先し、大企業への事実上の補助金著作権の過保護、特許制度の改革などを含んでいる。

ちなみにテクノロジー失業の脅威だけではなく、著者たちのテクノロジーをもちいたアイディアの発生の促進、さまざまな面での作業の効率化の恩恵などを最終章で「明るく」描いてはいる。

問題意識も面白いし、実際にテクノロジー失業の脅威はあるだろう。それが景気低迷とともに悪化する可能性があることもわかる。だが問題はどこまでそれが深刻か、という問題につきる。その点では総需要不足の解消を通常のマクロ経済政策で行うことができるかぎりでは、この種の構造的問題のあり方はきわめえて限定的なものだろう。そして実際に米国ではマクロ経済政策でかなり失業率も低下してきている。ここらへんをどう評価するかだろうか。

機械との競争

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