岩田規久男「日本銀行の金融政策の評価」

 全国銀行協会の『金融』11月号に掲載された岩田先生の論説です。リーマンショック以降の日本銀行の政策を包括的に点検したものです。これに加えて12月以降の日銀の政策についての岩田先生の見解を示すこのエントリー、さらにインタビューのここ、そして『日本銀行は信用できるか』を併読すると、いまの日本銀行の問題が包括的に理解できるでしょう。噂によれば岩田先生の新連載が某誌で始まるとか。これも要チェックです。

 さてリーマンショック以降の日本銀行の政策を岩田先生は次のように評価します

1)政策金利の引き下げ → リーマンショック後一カ月以上の経てから引き下げた
2)金融市場の安定確保のための措置 → 長期国債の増額(14.4兆→21.6兆)があったが、日銀券発行残高を上限としているのでデフレ脱却の目的には不十分。また
長期国債買い入れの残存期間の構成に注目し、1年以下のものが全体の36%をしめこれは短期国債の買い入れと同じと指摘。
3)企業金融円滑化の支援のための措置(CP等の買い入れ他)→企業金融支援特別オペには企業金融支援効果は認められる。しかしデフレ不況対策ではない。

日本銀行の政策はデフレ不況対策としてはどう評価すべきか、岩田論説は一段深く点検していきます。まずリーマンショック以降から09年9月までののマネタリーベースのショック以前(08年8月)との対比をみています。ピークでも1.087倍ときわめて低い。日銀当座預金もショック後はきわめて低水準で、それ以降の伸びも並みの不況対策水準。しかも09年4月からは低下。

09年はデフレに突入、失業率は上昇、実質成長率の持ち直しも一時的で内需は不振であることを岩田論説は指摘し、マスメディアがデフレに対する認識に誤っていること(良いデフレなどという誤認識)を問題にしています。そして岩田論説では次のふいたつの格差の拡大に注目します。

1 高所得者の所得増加、中低所得層の所得低下
2 中低所得の所得増加、高所得層の所得はそれよりもさらに増加

1は不公正。2が公正か不公正かは人々の一致をみないが2の方は税や移転支出の組み合わせで選挙などで決めるべき問題。岩田論説では1の格差拡大に注目し、そもそも正社員と非正社員との格差拡大の真因は雇用需要の大幅不足による、と指摘している。そして雇用需要の不足の原因はデフレによる。

「すなわち、不況下でも企業は正社員の名目賃金(物価調整前の賃金)を引き下げることは困難であるため、デフレで物価が下落すると、正社員の実質賃金は自動的に上昇する。この実質賃金の上昇は不況下にある企業全体の雇用需要を減少させ、失業率を上昇させる。雇用需要が減少すれば、長期的には、正社員の名目賃金も低下せざるをえない。非正社員に比べた正社員の実質賃金の上昇は、正社員よりも名目賃金を引き下げやすい非正社員への雇用シフトを引き起こす。これによる、正社員として残れた人と非正社員としてようやく職を確保できた人や失業した人との間の1の格差が拡大する」(7頁)

 この部分は僕はまったく賛成しています。この点については僕の『日本型サラリーマンは復活する』や『雇用大崩壊』なども参照いただければ幸いです。

 さらに岩田論説は、デフレは為替レートを通じても日本経済に悪影響を及ぼすと指摘する。岩田先生の簡明な例にしたがってみて、いま品質の同じパソコンが日本で10万円、アメリカで1000ドル。このときの購買力平価を「1ドル100円」。実際の為替レートも(いろんな要因があるがとりあえず)この購買力平価とほぼ同じと考える。いま日本のパソコンの価格が8万円に低下するとする。購買力平価は1ドル80円になり実際の為替レートも円高・ドル安に向かうと予想される。そうなると外国投資家にとってドルを売って円を買う動きがでる(将来、円が高くなったらドルに換える)。つまり円高・ドル安が現実にも進行。

 円高は輸出産業に打撃を与え外需を抑制するだけではなく、また円高は製造業の賃金を抑え、またそれよりも生産性の低い非製造業は一層賃金が上がらない。ゆえに内需も増えない。

 これは外国に比較して予想実質金利(予想名目金利から予想デフレ率を引く…前者が0%で後者がマイナス2%などとすればプラス2%)が高いからとも理解できる。この金利の高さが円高を招いている。予想実質金利の高止まりは純外需を減らし、企業・住宅投資を現象させ、耐久消費財需要も減らす。それは景気の悪化をもたらす

 他方で日本銀行はデフレを怖れていない。白川総裁は09年8月ではデフレスパイラルのリスクはないと明言(もちろんその後、12月いきなりデフレ対策を宣言w)。

 岩田論説では、特にこの日銀のデフレ容認姿勢のうち実質成長率が1%で、なおかつ名目成長率が1%で安定していれば無問題という姿勢を批判しています。しかし日本の潜在成長率が1%を上回る可能性があるならばこのとき日本の潜在能力は活かしきれず、また失業率は高止まりしたままであろう。また賃金も伸びず、格差は拡大したままである。またもし名目成長率がマイナスになれば財政、年金、医療などが機能不全に至るだろう。

 しかも白川総裁は昨年8月の段階では、世界もデフレであるという認識を示している。しかしエネルギー価格の下落を除外したインフレ率でマイナスなのは(ユーロ圏のフランス、ドイツを除いて←しかもエネルギー価格の影響をうける指標からみてのもの)日本だけである。つまりデフレになっているのは各国独自の金融政策がとれない国か、日本のような世界の標準とずれた認識の金融政策を行う国だけ。

 日銀はFRBイングランド銀行のように資産を増加させることをしていない。それは通貨の信認の下落を防ぐためだという。この点は岩田先生の『日本銀行は信用できるか』に詳細に解説が出ているのでそれを読まれることをすすめるが、以下は本論説からの引用

「日銀が日銀の資産価値が減少すると通貨の信任が低下するというが、なぜかを説明したことがない。新聞などもこの日銀の主張を鵜呑みにして、疑いもせずに日銀の宣伝をそのまま報道している。仮に、通貨の信認が低下して、家計や企業が現金通貨を財・サービスの支出に向ければ、デフレ不況からの脱出が可能になるというものである」10-11頁。

 つまり日本銀行は自己の組織防衛からは合理的な説明がつくが、国民経済からはいっこうに理解不可能な政策をとることで、外需と財政政策の効果が減退すればたちまち不況の底に沈むような経済に日本を変えてしまっているといえる。日本経済停滞の真犯人こそ日本銀行である。