海老原嗣生『雇用の常識「本当に見えるウソ」』

 ご恵贈いただく。どうもありがとうございます。副題に「数字で突く労働問題の核心」とある。本書はかなり論争的な本である。また副題のように誰でも利用可能な数字をもとに論を展開している点は論争をわかりやすくしている。本書が想定している批判の対象は広範囲にわたる。

 全体的に面白く書かれていると思う。またいくつもの論点で納得するところも多い。せっかく献本いただいたのだからすべて好意的に終わりたいのだが、実はそうはいかないように思う。特にマクロ経済の問題が大きく関わるところではやはりいっておくべきことがあるように思える。

 例えばジニ係数などを用いた「格差不拡大論者」への批判という個所がある。「高齢化を言い逃れにする愚は避けるべき」という一節がある。名前は出ていないが、大竹文雄氏などはその批判の対象だろう。しかし格差拡大の主因として、大竹氏の『日本の不平等』などでは確かに高齢化が大きく寄与していることを明言しているものの、大竹氏は別にそれを「言い逃れ」しているわけではまったくない。また本書で説くような高齢化を主因とする格差不拡大論者が、高齢化を小泉政権反対派への論拠として自らの主張を利用しているわけでもない。そもそもそんなしょぼい動機で議論している人がいるのだろうか?

 また大竹氏はまた若年層や高齢者層への再分配の在り方について終始議論を展開していることも読み逃すべきではない。若年層での格差拡大は、失業経験や非正規就業の貢献を大竹氏は示唆していたはずだ。その文脈で、彼は正社員雇用の在り方を変革する必要性を説いているのだ(それに対して不況論の文脈で僕は大竹氏を批判しているのだがそれはむしろ彼が論点を明確にしてくれているため可能になっているともいえる)。

 他方で人口高齢化による不平等の拡大も問題がないなどとは主張してはいない。例えば大竹氏の『日本の不平等』では、世代内のリスクプーリング(簡単にいえば自分の責任で長寿化にそなえて保険かけること)で主に対応すべき問題が多く、世代間の所得移転(介護保険など)は慎重な制度設計をすべきことが書かれている。

 さらに海老原氏の本では構造的失業が4%弱であるとしている。これだと昨年の夏以前の1、2年はむしろインフレの加速化が生じているはずである。しかし現象としてみられたのは、石油関連の相対価格が上昇したこと(コアコアCPIはマイナスかせいぜい0近傍であった)、その半面で賃金所得の上昇がみられなかったこと(もしくはGDPデフレーターがマイナスであること)、である。これは4%弱が構造的失業であることをきわめて疑わしいものにしているだろう。著者が人材サービスの経験から雇用のミスマッチではなく、ディスマッチ(仕事の高度化、嗜好の壁など)に重点を置く気持ちはわかるが、簡単にいうと日本はつい最近までの「好景気」の中でもより一層の需要刺激が可能であり、それによって「雇用のミスマッチ」や「雇用のディスマッチ」にみえたものも相当解消された可能性の方が大きいだろう。

 ほかにもいろいろあるがこのくらいにしておかないと一日が終わってしまう。その意味では刺激的な本ではあるので一読を勧めたい。

雇用の常識「本当に見えるウソ」

雇用の常識「本当に見えるウソ」