ルイジ・ジンガレス『人びとのための資本主義』

 米国のクローニー資本主義化に抗して、厚生経済学の基本命題(完全競争が「パレート効率をもたらす)を基本的な評価軸として、どのようにして縁故化、すなわち特定人、特定組織のコネ社会化を打破するかを考察した、今日の日本でもとても参考になる本。
 特にリーマンショック以降の金融界や、「官民パートナーシップ」(日本でいう官民ファンド)などを中心にこのクローニー化(コネ社会化)は加速していき、米国社会の悪しき影響を及ぼしている、というのが著者の主張だ。これに抗するために、ジンガレスは「アメリカには弱者を守る肯定的なポピュリズムの伝統」があり、この市場派ポピュリズムを全面に出して望まれる経済の在り方を議論しているのが面白い。

 クローニー化が深刻な場合、たとえば巨大企業が有能なロビイストを大量に投入して議会に自分たちに都合のいい諸政策を実行するように働きかける、または影響力のある知識人や学者を「捕獲」して御用化していくなど。そのようなケースでは、ジンガレスは効率性をある程度、犠牲にしてでもこのようなロビイスト活動を規制すべきである、と主張している。あくまでも市場における競争を重視していて、そのためのロビイスト規制である。市場の競争自体を規制するのではないことに注意が必要だ。ジンガレスの言葉をかりれば、「企業派ではなく市場派でいこう」ということ。

「資本主義システムの真髄は、私有財産ではなく、利潤動機でもなく、競争である。競争なき私的所有制は不正な独占につながるが、競争は私有財産が危ういときでも福祉を最大化するという驚くべき成果を挙げられる。政治の競争が高まれば高まるほど、政策と自由の面で結果がよくなる。アダム・スミスが教えた(そして経済学の200年の歴史が立証してきた)とおり、競争こどが、自由市場がこうした経済的恩恵をふんだんにもたらす、その根本的理由である。但し、競争がその優れた効果を発揮するには、ルールが必要だ」。

 このルールの設定自体についてのジンガレスの説明は米国の事例に沿ったもので正直、整理するのがしんどい側面がある 笑。

  またジンガレスはルールの設計と同時に、公民資本(協力を促進する価値観や信条。信頼はその一例)が必要だとしている。資本主義の倫理的な基盤の重視だ。それを実行するためには、ジャーナリストだけではなく、われわれ公衆のいくたりかが、データと検証の能力を備えて、現実を批判的にみていく視座が必要になってくる。

 私見では、誰でも参照可能なルールに沿った金融政策が援用されずに、日本では長い間、政治家・官僚・クローニー的な集団(土木建築業界など)が公共事業に依存した政策を好んでいた。これもジンガレス的には「自由」を脅かすものだったろう。現状においてもまったくその傾向は変わってはいない。ジンガレスの本の随所に書かれているように、美辞麗句や人命を盾にしてこれらの既得権集団は今日も世論の「捕獲」に邁進している。

 ジンガレスの本の趣旨をいまの日本の文脈で再検討することがこの一年、いやこれからの日本経済にとって実に重要なものに思えてくる。

人びとのための資本主義―市場と自由を取り戻す

人びとのための資本主義―市場と自由を取り戻す