原田泰・大和総研『新社会人に効く日本経済入門』


 御本頂戴いたしました。どうもありがとうございます。原田泰さんと大和総研チームによる前著『世界経済同時危機』(日本経済新聞社)は、各国経済圏でいまどのように同時危機が進展し、またその対処としてどのような政策が行われているかを一望できる点で非常に便利なものでした。そして本書は時事的な点で前著を補い、さらに一般的な関心度の高いテーマをいくつも網羅して、わかりやすい解説を展開しています。


 そのテーマのチョイスの仕方は、なかなか小味がいくつにも効いているもので題名を裏切りません。大きく日本経済と世界経済にわかれていて、前半の日本経済を読む、では、世界金融危機の日本経済への影響はなぜ大きいのか? 雇用問題は「賃金」と「非正規雇用」だけか、増税阻止に「埋蔵金」活用は有効か、物価連動債は物価を正しく予想しているか、日本の生産性を上昇させる方法などのテーマが並びます。

 
 他には例えばグローバル化が日本に所得格差をもたらしているか? というテーマを簡潔にデータを調べて、「はっきりとはもたらしていない」と結論している手腕は見事です。一般に多くの労働問題の研究者・運動家たちは、90年代からの日本の長期低迷(その帰結の所得格差や貧困化)をIT化とグローバル化に求めている。彼らは日本の未熟練労働者が海外の低賃金労働者との競争の結果、所得が低下していき、熟練労働者との所得格差が深刻になっている、と指摘するのが定番である。原田さんらは(データの連続性や構造変化を勘案して)男性労働者の賃金格差をOECDのデータから読み取り、賃金格差は、中位所得国から低位所得国にかけて顕著になっており、日本でははっきりしていない、と指摘している。


 ところでこのグローバル化と賃金ーインフレ動向をめぐっての議論は、本ブログでもこのエントリーhttp://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20080327#p3でジャネット・イェレンの展望講演を紹介したので参照されたい。またグローバル化というよりも日本経済の輸出依存への02年以降の変化が、実質賃金などに与えた複雑な効果についての影響は、岩田規久男先生の『景気ってなんだろうか』(ちくまプライマリー新書)、そして90年代から00年代の賃金の切り下げと労働生産性をめぐる定常デフレ論としての岡田靖さんの論説などをあわせて参照されたい。


 さて本書の後半は海外経済についてであり、新興国は世界経済を救えるか、中国の高成長は終わったか、中国の労働契約法は「悪法」か、インドの「巨大人口」は経済を牽引する? ロシアの通貨安は止まらない? ブラジルは「資源大国」なのか? 企業の雇用削減は正しい選択か? などのテーマが並んでいます。


 例えば、「ユーロ導入は失敗だった?」では、特にドイツとイタリアでは財政政策と金融政策の制約への不満が強くでる一方で、利益を享受している小国だけでなく結局は不満な大国も共通通貨圏の安定から離脱するインセンティブはいまのところない、ということを簡潔にまとめていて、ユーロの将来をみる上での視野を与えてくれます。


 全体的に旬な話題に目配りがいいのは、さすがに本職のエコノミストたちだけあります。


新社会人に効く日本経済入門 (毎日ビジネスブックス)

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