武藤敏郎氏など財務省的な日本銀行総裁人事はデフレ不況脱却を妨害する

 アベノミクス(安倍首相の物価目標政策などのデフレ脱却政策)は危機に直面している。いや、日本を20年にわたり停滞させているデフレ脱却はその実現の危機に早くも直面しているといったほうがいい。

 たかだか0.1%程度の長期利子率上昇で国債リスクを喧伝したり、人口減少デフレを喧伝したりするのは、まだ悪い冗談のレベルだ。だが、日本銀行総裁人事を、いま話題になっている武藤敏郎氏などの財務省的な人事や、または保守的な人選で行えば、アベノミクスは急速にその成果を喪失し、民主党政権とかわらない。一年後には消費税増税だけが残り、そしてデフレ不況は継続して、国民の大きな失望の危機に直面するだろう。

端的に言おう。財務省日本銀行は自分たちの周囲しか視野はない。またその行動動機は「自社」の利害のみである。最近の武藤氏らの積極的な緩和許容発言には誤魔化されてはいけない。おそらく当面だけ緩和のような姿勢をみせながら、消費税増税判定を「可」を認められれば、その段階で金融緩和は終わり、雇用が最大化していなくても、またデフレを安定的に脱出できていなくても、この段階で彼らのミッション(日銀の財務省への再植民地化&消費増税)は成就する。あとは日本はまたデフレと困窮の罠にはまったままだ。最悪のパターンだ。

僕はアベノミクスの障害について、いま店頭にある『正論』二月号で書いている。保守系の人たちだけではなく多くの人にも読んでほしい。むしろリベラルや人文系の人たちにこそだ。党派性で好き嫌いをいう時代は終わりだ。問題は何が私たちの生活を損ね続けているかを理解しながら、多様な意見対立を吸収していくことではないか。

以下に同誌に寄稿したアベノミクスの障害についての日銀総裁人事の部分についてだけ引用する。ちなみに伊藤隆敏氏の名前を入れてはいないが、彼も財務省が全面的に賛成する人事である点(デフレ下の消費増税賛成派)であることをもって私は反対する。

  これからの政治スケジュールを考えると、まずやってくるのが来年4月に任期を迎える日本銀行総裁と副総裁人事だ。安倍総裁自身も衆院選勝利後、最初の政治的ハードルのひとつと自覚しているだろう。日本銀行総裁と副総裁人事は国会の同意が必要である。まず衆院は間違いなく通過する。問題はもちろん惨敗した民主党がいまだ比較第一党をしめる参議院にある。参議院での過半数を得るためには、自公はもちろんのこと、それ以外の諸勢力の賛成をとりつけることができるかどうかに事の成否がかかってくる。これが現段階でまったく不透明だ。
 いまのデフレ志向の白川総裁が誕生したときもこの状況に似ている。総裁、副総裁、政策委員の多くの候補たちが、民主党などの反対でことごとく否決されてしまった。そして、この消去法の結果、当初はまったく総裁として選外だった、白川“デフレ総裁”が誕生してしまったのである。今回もこの危険性は十分にある。
 いまのところ、何人かの日銀総裁候補の名前があがっている。財務事務次官・日銀副総裁であった武藤敏郎大和総研理事長、同じく財務省出身の黒田東彦アジア開発銀行総裁、元日銀副総裁の岩田一政日本経済研究センター理事長らだ。特に黒田、岩田(一)両氏は従来から積極的にインフレ目標などを主張していることで知られている。また竹中平蔵慶応大学教授や、岩田規久男学習院大学教授を推す声も聞く。
 私の個人的な意見としては、20年以上にわたり、一貫した姿勢で日本銀行の政策のあり方を問題視してきた岩田(規)教授が、業績や人柄からもベストの選択だと信じている。他方で、武藤氏、岩田(一)氏らは、福井総裁時代の副総裁の時代に、その金融引き締めに事実上賛成した人たちだ。岩田(一)氏は金融引き締めに反対票を投じたこともあったが、一回かぎりであり、持続した抵抗の姿勢を見せることはなかった。黒田氏は未知数が多く、また官僚的にバランスを取る可能性がある。いま必要なのは、日本銀行の内部に入り孤立を恐れず闘い続ける総裁だ。また竹中氏の総裁案は、政界に「敵」が多く、おそらく政治的なハードルが最も高いだろう。

これについては飯田泰之さんも似た懸念を表明している。
https://twitter.com/iida_yasuyuki/status/286116293407543297

日銀総裁について自民+民主協調で反リフレな官僚OBを総裁に,もっと保守的なプロパーを副総裁に……なんてことになったらアベノミクスはここで終了.そうすれば確かに民主は生き残れるだろう.でもそれでいいの?

https://twitter.com/iida_yasuyuki/status/285628646662754304

元重先生の話は上手に逃げ道を作ってあるからなんとも突っ込みにくいけど,武藤敏郎氏は無理.これが「選挙時公約にそう人事」ならばバレンタインショックの再来だわな.

そして無論、上に書いたように立場(旧来の保守、リベラル、左派など)の垣根を超えて、この武藤敏郎氏的な財務省人事に抗する必要を、左派的な論客であろう松尾匡氏が全力で意見表明をしている。

松尾匡「総裁人事は好況の手柄を与党に独占させないチャンス」http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__121225.html

いままさに国民も政治家も「財務省を敵にまわしたら政治的につらい」などという「神話」の類にごまかされず、この日銀総裁人事だけはまず守ろう。日本国民の99.9999%以上が恩恵(景気回復、失業率低下という社会安定の最低条件のひとつの達成)を得ることのできるものを実現しよう。