岩田規久男日本銀行総裁を実現せよ

『正論』の2013年2月号に寄稿したものを以下に掲載しました。

 掲載から二か月ほどですが、特に日本銀行総裁人事については、いまいわれている武藤敏郎黒田東彦、岩田一政、伊藤隆敏の各氏や、また財務省OBや過去に審議委員(中原伸之先生抜かす)だったり副総裁だった人を抜かすべきだと思っています。

欧米や日本の合理的な推論ができる人はすべて上記の人はデフレ脱却に黄色からどすぐろい赤信号までともってしまいますが、僕は標題にあげたように、岩田規久男先生であれば、その総裁指名自体が、市場を含めて明瞭なアベノミクスの強化として好感をもって迎えられると思います。財務省筋のながす、組織運営だとかいうナンセンスな話は噴飯ものです。日本経済という肝心要のマネージメントを失敗してきた日銀、財務省の官僚やその走狗の政治家たちにそんなことをいう資格は微塵もないですね。


 岩田(規)先生の日銀総裁実現を願う、それが僕のいまのストレートな希望です! デフレを終わりさせましょう。

亡国の脱デフレ政策バッシング(『正論』2013年2月号掲載)

安倍首相の挑戦

 年末の衆議院選挙の最大の論点は、デフレ脱却だったといっていいだろう。自民党総裁安倍晋三氏が、総裁就任直後から一貫して、金融政策、財政政策、そして成長政策の三本の柱による経済政策を強く打ち出したことで、デフレ脱却が内外で注目を集めた。特に安倍総裁の発言で、選挙前から注目を集めたのは、政府と日本銀行が協調して「リフレ政策」を行うことにあった。
 「リフレ政策」とは何だろうか? リフレは「リフレーション」(reflation)の略語であり、デフレ(物価が持続して下落すること)を脱却して低い水準のインフレを実現することで、経済成長や失業率を改善することだ。リフレーションはもともと1930年代の世界大恐慌のときに、当時のルーズベルト米国大統領の政策アドバイザーであったアービング・フィッシャー(イェール大学教授)が唱えたものだ。
リフレ政策の核心は、デフレを脱却しインフレが続くと人々が予想するまで、中央銀行が積極的な金融緩和政策を行うことにある。このときの政策が「インフレ目標」というものだ。具体的には、日本銀行が下限で2%、上限で3%の幅で、インフレ目標を採用すべきであると、安倍総裁は積極的に発言している。年末のインフレ率がマイナス0.5%ほどなので、そこから最低でも2.5%ほど物価が上がるまで、日本銀行は「無制限に」金融緩和を続けることになる。もちろん金融緩和を続けるということは、市場に円が大量に供給されることにもなるので、円相場は現在の円高傾向から円安に急速に反転していくことになる。
 実際に、安倍発言をうけて市場もすばやく反応した。安倍氏が総裁になる前は、1ドル70円台後半だったのが、あっというまに80円台前半の円安に向かった。また株価も9千円台後半に上昇し、実に四年ぶりの高い相場になった。もちろん円安は輸出に好影響を与えるし、株高も市場に活気を与える。安倍総裁の発言は、ロイターなどの通信社や海外の主要経済誌の強い関心をよんだ。「日本の20年以上にわたるデフレがついに終わるのではないか」と。だが、ここで安倍総裁の前に「反対勢力」が立ち現れた。まず日本銀行、そしてデフレを支持する与野党、財界、マスコミと評論家の面々である。

日本銀行の抵抗

 日本銀行の抵抗は早く、さらに異例といえるものだった。まず白川方明日本銀行総裁が、まっさきに「財政再建実体経済に悪影響を与える」と、安倍総裁のインフレ目標導入に対して反論を強く表明した。白川総裁のロジックはこうだ。もし安倍総裁のいうように2%のインフレ目標が達成されれば、日本の抱える国債の利子率が急上昇してしまい、国債が暴落。利払いが多くなることで、政府の財政再建に与える悪影響が甚大だ、というものである。さらにこれに加えて、資産市場(株や為替など)を通じて消費や投資といった実体経済にも悪影響を与えるという。白川総裁自身は明言していないが、インフレ目標を導入すると「バブル」になるということだろう。
 すでに今回の衆院選で、民主党の大敗が早い時期から予想され、第二次安倍内閣が確実視されていた中での、この白川総裁の発言は、まさに(将来の)政府との協調を事実上放棄する声明とも映る。きわめて「反政府的」ともいえる異例な反応だ。
 白川総裁のロジックは、デフレをずっと継続することが日本にとってベストだといわんばかりである。実際に、白川総裁の任期中は、デフレが一段と深まっていた。米国イェール大学教授の浜田宏一氏は、白川総裁の金融政策の運営に失格点を与えている。
ところで、インフレ目標が2%以上に安定化すれば、それによって税収が回復し、国債の利払いも問題なく消化される。そもそも常識的にも、どの国に景気がよくなって財政が破たんした国があるだろうか? 例えば、ユーロ圏のスペイン、ギリシャ、イタリアなどはすべて景気悪化が財政危機の原因だ。
 また株高になり、円安が進めば、日本経済に好影響をもたらすのは明白である。例えば、第一次安倍政権のときには、小泉政権の時代に採用された量的緩和政策と円安介入が効果を発揮して、株価は1万8千円台であったし、1ドルは100円台であり、またインフレ率は1%ほどだった。そのときに「バブル」が発生しただろうか? むしろ失業率は改善し、就業者数も大幅増加、企業の投資活動も活発化し始めていた。だが、当時も日本銀行は、インフレに安定化することを嫌い、政府の反対があったにもかかわらず、金融引き締めに転じてしまったのだ。
多くの「リフレ派」の経済学者やエコノミストたちは、日本銀行量的緩和政策を止めてしまうことで、ふたたびデフレに突入し、経済が大きく減速する可能性を指摘した。その不安は的中し、安倍氏の退陣後、経済の不安定度はまし、デフレに再突入、株安円高がすすみ、失業率や倒産件数の高止まりが出現してしまった。
 白川総裁の抵抗は、このようなデフレ経済を理想としているかのように思える。実際に小泉政権末期に、金融引き締め転換への旗振り役を熱心に努めたのが、当時日銀理事であった白川総裁であった。
 デフレ志向を隠さない白川総裁を代表とする日本銀行に対して、安倍総裁は「次期日銀総裁インフレ目標を政府と共有できる人材が望ましい」と発言を繰り返し、強くけん制している。


与野党、財界の抵抗

 安倍総裁のリフレ政策への抵抗者は、自民党内部にも数多くいる。その代表は、石破茂幹事長だ。彼はリフレ政策を「二日酔いの朝に迎え酒を飲んで元気になろう」という対処療法であり、継続するとハイパーインフレーションの可能性もあると従来から発言していた。また最近でも演説などで、安倍総裁の金融政策が「粗略」であると批判を口にしている。自民党の中で安倍総裁のリフレ政策に理解がある議員がどのくらいいるのか、正直心もとない状況だ。
 これからの政治スケジュールを考えると、まずやってくるのが来年4月に任期を迎える日本銀行総裁と副総裁人事だ。安倍総裁自身も衆院選勝利後、最初の政治的ハードルのひとつと自覚しているだろう。日本銀行総裁と副総裁人事は国会の同意が必要である。まず衆院は間違いなく通過する。問題はもちろん惨敗した民主党がいまだ比較第一党をしめる参議院にある。参議院での過半数を得るためには、自公はもちろんのこと、それ以外の諸勢力の賛成をとりつけることができるかどうかに事の成否がかかってくる。これが現段階でまったく不透明だ。
 いまのデフレ志向の白川総裁が誕生したときもこの状況に似ている。総裁、副総裁、政策委員の多くの候補たちが、民主党などの反対でことごとく否決されてしまった。そして、この消去法の結果、当初はまったく総裁として選外だった、白川“デフレ総裁”が誕生してしまったのである。今回もこの危険性は十分にある。
 いまのところ、何人かの日銀総裁候補の名前があがっている。財務事務次官・日銀副総裁であった武藤敏郎大和総研理事長、同じく財務省出身の黒田東彦アジア開発銀行総裁、元日銀副総裁の岩田一政日本経済研究センター理事長らだ。特に黒田、岩田(一)両氏は従来から積極的にインフレ目標などを主張していることで知られている。また竹中平蔵慶応大学教授や、岩田規久男学習院大学教授を推す声も聞く。
 私の個人的な意見としては、20年以上にわたり、一貫した姿勢で日本銀行の政策のあり方を問題視してきた岩田(規)教授が、業績や人柄からもベストの選択だと信じている。他方で、武藤氏、岩田(一)氏らは、福井総裁時代の副総裁の時代に、その金融引き締めに事実上賛成した人たちだ。岩田(一)氏は金融引き締めに反対票を投じたこともあったが、一回かぎりであり、持続した抵抗の姿勢を見せることはなかった。黒田氏は未知数が多く、また官僚的にバランスを取る可能性がある。いま必要なのは、日本銀行の内部に入り孤立を恐れず闘い続ける総裁だ。また竹中氏の総裁案は、政界に「敵」が多く、おそらく政治的なハードルが最も高いだろう。
 誰が総裁になるにせよ、すでに書いたように参院過半数をどのように確保するか、ここに安倍総裁の試練がある。
 また与野党だけではなく、財界からも安倍総裁のリフレ政策を批判する声がある。その代表が、経団連米倉弘昌会長だ。選挙期間中も、安倍総裁がデフレ脱却しないかぎり、消費税増税は難しい、と発言したことに疑問を呈していた。過去の発言をみるかぎり、米倉会長はデフレと円高をそれほど問題視しているようには思えない。日本の企業の多くが、円高デフレによって競争力を過度に失っているのに、財界のトップにしては本当に不思議な態度である。

マスコミと日銀寄りエコノミストたちの抵抗

 さらに安倍総裁のリフレ政策の最大の「敵」は新聞やテレビなどのマスコミである。またそこを舞台に発言している日銀寄りの経済学者やエコノミスト、評論家たちである。そのことを示す好例がすでに起きている。安倍総裁が「日銀に建設国債の全額引き受け」と発言したとする“誤報”だ。安倍総裁の発言は、そもそも市中の国債建設国債というものでなくともいい)を日本銀行が買いオペして、その代わりにマネーを供給するというものだ。つまり、デフレを脱却するまで、可能ならば市中に存在する国債を「無制限」に日本銀行は買い取るべきだ、というのが安倍総裁の真意だろう。
 しかし多くのメディアは、あたかも確信犯的に、市中からではなく、政府から直接国債を引き取るという“誤報”を広めるものだった。実際のところ、政府からの国債の直接引き受けは、毎年12兆円規模、来年度も17兆円程度、議会の承認のもと行われている。現状から10数兆円増やしてもなんの問題もだい。むしろデフレ脱却には効果があるだろう。だが、日本銀行などの悪しき宣伝で、あたかも国債の直接引き受けは、例外でかつ危険なものとしてマスコミなどに認識されている。安倍総裁の先の発言は、まんまとこの日銀とマスコミの悪しき共謀にはまってしまった。もちろん安倍総裁は即時に反論したし、浜田宏一教授やリフレ派の経済学者・エコノミストそして何人かの新聞の論説委員たちが“誤報”に異議を唱えた。
 だが、おそらくこのようなデフレの継続を願う勢力を、完全に駆逐することには大きな困難があるだろう。安倍第二次政権の誕生とともに、これらデフレ勢力の声はますます大きくなることが予想される。前途は予想外の危険に満ちている。デフレを願うものたちへの批判を緩めず、一層の警戒を高めることが必要だ。