アベノミクスが開始されてから一年半。その経過と今後を展望するには最適な本のひとつといっていい。本書は主に金融政策(アベノミクスの第一の矢)を巡って意見対立がするどい論者と、さらに第二の矢(財政政策)、第三の矢(成長戦略)についてそれぞれの立場を開示する論者たちが立場を超えて編纂にあたっている。
意見が異なる論者がアベノミクスを巡って論を並べていくという構成は、(アベノミクスの経過と今後を論証している本としては本書と双璧をなすと思われる)田中秀臣編『日本経済は復活するのか』と同じであるが、この本がシンポジウムや対論的なインタビューなども加えて構成されていたのに対して、本書では編者の二名がそれぞれ寄稿者に問いを提起し、それに対して寄稿者が答えるという形式を加えている点が特徴である。
先に書いたように本書の前半は、日本銀行の金融政策についての効果で、批判的な見解と肯定的な見解の論者がちょうど三対三にわかれて議論している。このブログはバランスのいい(=ムダに文字数を費やすの別な表現)書評を目指すつもりはないので、個人的に日本経済の動向に役立つか否かの観点からみれば、金融政策の効果に否定的な論者の発言は「現実」によってすでに棄却されると思う。簡単にいうと(暇人以外は)読まないでもいい。
第二章の「金融政策で物価をコントロールできる」(片岡剛士)は、輸入デフレ説(中国発デフレ説を中心とするもの)、人口デフレ説、ハイパーインフレ説、賃金デフレ説のそれぞれについて実証的、理論的に批判している。特に人口デフレ説は、最近も藻谷浩介氏が再説してきているだけに本書をよく読んで批判的知識を蓄えることが一般読者にも重要だろう。
第四章の「金融政策のレジーム転換で経済は好転する」(安達誠司)は、金融政策のスタンスの変更(現実には昨年4月の日銀の新執行部の発足とそのインフレ目標政策の明示化)がどのように実体経済に影響を与えているか、すなわちレジーム転換を検証していることで本書の中でも際立って特色のあるものになっている。例えばレジーム転換によってフィリップス曲線の形状が変化するか否かについては、先日の岩田副総裁の講演でも強調されていた論点である。本論文でも岩田講演でもともにレジーム転換の効果に肯定的である。
第六章「現在の金融政策に危険はない」(高橋洋一)は、日本銀行の現在の金融政策の波及過程についての丁寧な展望と過去のデータをもとにした、これからの予測である。またデフレ脱却によるハイパーインフレの危険がないこと、「バブル」経済の懸念についての反論、そして財政再建をする上でのデフレ脱却が生み出す好条件など丁寧に議論している。特に日銀が積極的な金融緩和を行うと詳細の国債の暴落を懸念する声がある。それに対して高橋論説では、日本銀行が2013年10月に公表したレポートを利用して、国債の金利リスクなおでゃ金融機関の保有している資産負債の両面への効果から問題はない水準であると結論している。また日銀のバランスシートが毀損するという批判についても高橋さんは編者との応答の部分で政府通貨発行益の活用で対応できるとしている。
第7章「アメリカの金融政策をめぐる3つの視点と日本への教訓」(吉松祟)は、金融政策の効果に肯定的であり、また同時に金融政策にいわゆる資産バブル潰しの役割を分担させる(BISビュー的なスタンス)には批判的である。そして米国の経験からも適切な金融機関の規制が必要であることが主張されている。
第9章から第12章までは成長戦略関連であり国家戦略特区、雇用、女性参加の市場改革、都市政策など興味深い最新の提言が並ぶのでそれぞれ役に立つだろう。
編者が最後にそれぞれのまとめを行っている。齊藤氏のは暇なら読めばいいだろう。僕は読む価値など微塵もないものだと思っている。原田泰さんの最終章の論点は刺激的であり、いまの日本の経済問題に関心がある人たちに必読の論点がならぶ。
1)賃金はまだ上がっていないが(そのうちあがる)、賃金支払い総額が上昇している。
2)輸出が伸びないのはいいことだ、という原田さんの興味深い指摘。
3)ムダな公共事業の抑制の必要性
4)今後5年間で毎年2%の成長率がアベノミクスで達成される可能性の甚大な意義の強調とその政治的な意味合い
原田さん独特の物言いも含めて必読であろう。
個人的には、本書は手元においておき、新聞・雑誌やテレビなどで経済問題が議論されるときに何度でも繰り返し参照することをおススメする。
- 作者: 翁邦雄,片岡剛士,安達誠司,河野龍太郎,高橋洋一,吉松崇,中里透,竹中平蔵,原田泰,齊藤誠
- 出版社/メーカー: 中央経済社
- 発売日: 2014/06/28
- メディア: 単行本
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