天下りの合理的説明その2(ラムザイヤー・ローゼンブルース仮説)


 昨日の猪木武徳氏の「遅れて支払われる報酬」仮説(http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20070405#p3)と整合的な天下り論を展開しているのが、M.ラムザイヤー氏とF.ローゼンブルース氏の『日本政治の経済学』である。彼らの基本的な見解は本人(プリンシパル)−代理人(エージェント)関係に基づく合理的選択論であり、本人は政権与党である自民党代理人は官僚であり、エージェントスラック(本人の期待と代理人のもたらすものの間に生じるギャップ)を最小化しながら、自民党の意思で官僚をコントロールするというものである。これはC.ジョンストン氏*1らの文化的な差異を強調し官僚主導の産業政策で戦後日本の経済発展の特徴をとらえようとする関係とは対立した見解ともいえる。


 ラムザイヤー氏らによるとエージェンシー・スラックを最小化することが、与党が官僚の天下りを利用する動機ともなっている。つまりすべてのキャリア官僚が、在任中は低い所得に甘んじ、また40代、50代の早い段階で引退しその後に予想される天下り先の給与を一種の「債券」としてキャリア官僚たちが在任中に得ているものとみなしている。キャリア官僚は退職時にこの「債券」を「売却し」、その引き換えに天下り先のポストとそこでの収入を得るわけである。「債券」の発行元とその将来的な償還先は政権与党ということになり、「債券」の価格は在任中の官僚の代理人としての成果に依存している。政権与党の幹部たちはこの「債券」市場のコントロールによってエージェンシー・スラックの最小化に努めているわけである。


 こう見てくると、キャリア官僚の天下り市場という部分均衡的なシナリオの中では、天下りは合理性を獲得していて、この天下りを雇用の面から考えたかぎりでは(人的)資源の配分上で非効率性は発生していない。ラムザイヤー氏たちや猪木氏の趣旨はその点の指摘である。意外に思われるかもしれないが、天下りはキャリア官僚という人的資源を非効率的に使用しているわけではない。いまみたように官僚が天下り先に特殊法人公益法人あるいは民間企業を選んでもそれはこのキャリア官僚の生涯を通じてみると内部市場、外部市場それぞれの競争的賃金に見合ったものになる。むしろ非効率発生の淵源は以下の事態であるとラムザイヤー氏たち(猪木氏もだが)は指摘している*2


「第1に、元官僚が電話一本で政府から利益誘導に成功することはごく稀である。これに対してレントシーキング活動は、その過程で資源を浪費させよう。第2に、政府は元官僚の雇い主に、単に財政援助を与えるのではなく、競争を制限する形で利益誘導させる方を選択するかもしれない。そのような場合、通常の社会的損失の問題が生じることになる。略 日本においてはこちらの方が一般的なのである」(ラムザイヤー・ローゼンブルース、邦訳118頁)。


日本政治の経済学―政権政党の合理的選択

日本政治の経済学―政権政党の合理的選択

*1:通産省と日本の奇跡』で有名。近年はアメリカ帝国主義批判を展開中

*2:その理論的な典拠はスティグラーの『規制の理論』である