中国デフレ化の経済学

去年の夏前くらいに雑誌に投稿した論説。基本的な認識ではあまり変わらないが、むしろ中国共産党のデフレ放置にも思える政策状況や中国不動産市場の低迷の深さについては最近さらに悪化している。それについてはここ最近のこのブログでも補っているし、ラジオや新聞の論説でも言及しているところである。とりあえず一年近く前のものだが掲載する。

 

中国経済が、過去の日本と同じようにデフレに陥るかもしれない。上海のロックダウンに象徴される新型コロナウイルス対策をやめた当初は、急成長に期待する向きもあった。だが、実際には欧米の景気の失速や、米中対立によって輸出が減速している。輸出の減速は製造業を中心とした雇用を悪化させ、民間消費を落ち込ませる原因になっている。
 他方で、不動産市場の低迷が中国経済の重石になっている。中国では不動産市場は重要な位置にあり、GDPの約11%。建設業などの関連部門を合わせると経済全体の3割強にもなる。不動産市場は中国経済のエンジンともいえる。
 いま、このエンジンがトラブルに見舞われている。コロナ禍明けから飲食や観光部門などが回復しているが、不動産部門は反対に半年ぶりにマイナス成長だ。内訳をみると、新築販売が前年比でマイナス、不動産の在庫は増加し、不動産開発は前年比で2ケタ近い減少だ。
 日本のバブル崩壊前と同じように、中国でも不動産神話がある。「中国の不動産価格は上昇傾向にある」という妄信だ。それが事実上、崩壊している。富裕層だけでなく、都市の中間層まで巻き込んだ不動産投資ブームは完全に収束した。習近平中国国家主席が「共同富裕」路線を強調して、不動産投資を冷え込ませたことが原因だ。「共同富裕」は、文字どおり、中国人民が等しく豊かになるべきだ、という習近平氏の人気取り政策だ。消費や資産投資の中心だった富裕層や不動産開発業者にとっては厳しい仕打ち
となった。まるで、バブル経済のときに日本のワイドショーなどで「都市部でまじめに働いても家が買えない。だから、バブルは悪い」と宣伝していた状況に似ている。
 その結果、日本は旧・大蔵省(財務省)と日本銀行が緊縮政策を採用し、バブルは終わった。だが、緊縮政策によって家が買えないどころか、日本経済は給料も上がらない、リストラも頻発する冬の時代になってしまった。
 中国では、この「共同富裕」路線によるバブル叩きは、日本以上に政治家たちの気まぐれが作用している。不動産バブルをつぶすための不動産向けの金融規制が厳しく適用され、金融機関からの融資は急速に縮小した。不動産業者たちは資金繰りに悩んだ。典型的な事例は中国恒大集団である。中国恒大集団は、不動産開発を中心に事業を拡大し、さまざまな商業、サービス部門にも活動を広げた。だが、習近平政権のバブルつぶしの影響を最も受ける形になった。
 中国恒大集団は、この2年間で約5 800億元(約11兆2 000億円)の最終損益赤字を計上した。中国の歴史上、企業では最大の赤字損失だ。その主因は、前記した不動産開発の不振にある。累積の債務残高は50兆円に迫るとされ、すべて不良債権化しているといっていい。中国恒大集団は、中国国内の金融機関だけでなく、国内外の投資家たちから資金を募ってきた。特に、外国人投資家たちはドル建て社債を購入していた。中国恒大集団の不良債権問題は国際経済に与える影響も無視できない。
 そもそも習近平政権のバブルつぶしが原因だが、いまは「やりすぎた」と内心では思っているのだろう。最近は不動産市場を支えるために、中国人民銀行(中国の中央銀行)を利用して、積極的に融資用の金利を低下させて金融緩和を行っている。つまり、マネーの大量供給で経済を活性化させようとしているのだ。
 だが、事態は好転しない。特に、物価の下落が深刻だ。すでに企業間の財やサービスのやりとりに関係する物価は前年度比で大きく落ち込み、デフレ状態である。また、消費物価指数は前年度比で横ばい。つまり、0%だ。豚肉など中国の消費のメインともいえる財価格が低迷しているからだ。消費停滞が物価の低迷をもたらしている。世界中の経済関係の専門家たちが、中国のデフレ経済化を懸念している。
 どんなに甘くみても、中国が高成長を終えたのだけは明白で、ピークを過ぎ、今後は低成長が定着するだろう。特に、今年の後半から来年にかけて、中国経済の不確実性が高まり、世界経済がさらに失速するかもしれない。
 中国経済が今後、日本のようなデフレを伴って長期停滞に陥るかどうかは、いくつかのポイントがある。ひとつは、中国恒大集団が不良債権をどう処理するかだ。これを誤ると日本が1997年に経験したような金融危機に陥る。日本では1997年の金融危機以後に本格的なデフレを伴う長期停滞に陥った。
 もうひとつは、いまの中国経済をいかに回復させるかだ。国際要因が改善する可能性はある。例えば、ウクライナ戦争の早期終結と世界平和への前進や、米国と中国の経済制裁が解消されるなどである。中国の対外貿易を大きく回復させることで、外需型の経済回復につながるが、いずれも現状では厳しい。
 さらに「政策のレジーム転換」である。どんどんマネーを供給しても物価の下落がとまらないと指摘したが、この理由は、中国の人たちが将来の生活に不安を感じているために、消費を抑え、貯蓄に励んでいるからだ。
 もちろん、少子高齢化という要因もでかい。老後のために貯蓄意欲が高く、そのほとんどが現金保有に近い。つまり、積極的な株や債券などの金融資産に投資しない。これは習近平政権の恣意的なバブルつぶしを警戒しているからだ。そうなれば、解決策としては、習近平政権の退陣が有効であり、国家主席などの続投をしないことだ。これが習政権の実施してきた政策の集まり(政策レジーム)を放棄するメッセージになる。中国の人たちの経済に対する見通しも劇的に改善する可能性が出てくる。
 だが、習近平氏が権威主義体制を強化することはあっても放棄することはない。次善の策としては、中国恒大集団などの膨大な不良債権を公的介入などで中国政府、共産党が救済する方法もある。いわば中国版徳政令である。だが、これは「共同富裕」路線と真逆の富裕層の救済と国民にはみえるだろう。したがって、習氏の権威を損ねる可能性がある。なかなか中国のデフレ化をとめるハードルが高い。
 中国経済が、今後どうなるか。日本への影響を考えるだけでも極めて重要な問題である。