中国バブル崩壊の経済学

『環球時報』Global Timesに寄稿したものの元原稿に加筆したもの

 中国経済への懸念が広がっている。特に不動産への過熱した投資の結果、行き過ぎた不動産価格の高騰がついに終焉する(中国バブル崩壊)。そして不動産価格の崩落が、中国の金融機関の不動産融資を焦げ付かせ、膨大な不良債権が現出する。そして不良債権の存在によって中国経済の動脈が硬化してしまい、中国経済は「破綻」するかもしれない、というものだ。

 この危機シナリオを読んでいる30代以上の日本人は多かれ少なかれ、日本の80年代後半から90年代初めの経験を思い出すことだろう。まさにいまの「中国バブル」とその当時の「日本バブル」は、不動産価格や株価が主導している点でもかなり似ているように思える。

 だが、現在の中国経済は20数年前の日本と大きく違う。まず、中国のGDP成長率は低くなっているが、依然として潜在的な成長余地は大きい。他方で、バブル経済が崩壊した1991年当時の日本経済は、高度成長期を終え、低成長期に移行していた。

 1980年代、日本国内の経済に対する楽観的な見方が、株価や不動産価格などの高騰を招き、実体経済とかい離したバブルの膨脹を生み出した。例えば、当時の日本経済の成長は、円高傾向が進んだおかげで、石油価格の低下などの外因に大きく影響されていた。しかし多くの経営者、政策当事者はこの要因を軽視か無視していた。最先端技術を持っている国民はそれを意識せず、「日本は世界のNo.1」という幻想に囚われていたといえる。

 また銀行は政府・旧大蔵省の保護政策(護送船団方式)によって守られ、「一行たりとも潰さない」という方針が暗黙にも、また公衆にも信じられていた。この「暗黙の政府保証」が銀行の融資を怠慢にし、リスクを過度にとらせることに繋がった。例えば料亭の女将に旧興銀などが数千億円の株取引の融資を行い、大きく焦げ付かせたこともあった。株相場は強気が支配し、また不動産は「戦後一貫して上昇している」という「土地神話」が健在だった。

 しかし金融引き締め政策への転換や、湾岸戦争にともなう国際石油価格の急速な上昇によって、日本経済はその後、長期の不況に陥った。現在の中国経済もまた91年当時の日本と同じではないか、と国際的にも懸念されている。例えば、「影の銀行」の問題などは、先ほどの日本のバブル期のリスクに過度に傾斜した銀行の貸付態度と同じだ。
だが、僕の見解はかなり楽観的だ。いまの中国が、昔の日本と同じ「バブル不況」の瀬戸際にあるとしても、中国政府が適切な経済対策を行えば十分に対処可能だと思っているからだ。

 もちろん中国にも困難は多い。例えば、都市と農村の経済格差が大きいため、長期の経済減速は、社会不安定の原因になる。日本社会では、格差が比較的に小さいと信じられてきた。もし日本国民に「貴方は社会のどの層に属しているか」と聞いたら、多くの人は「中間層」と答えるだろう。そのような「みんな中流」という意識が長期的な経済低迷の中、日本社会を混乱から守る原因となってきた。

 現在の中国では、農村部からの安い労働力がだんだん不足し、それに伴い国際競争力の根源であった低い生産コストを維持することが難しくなる。日本を含む外国企業は工場をつぎつぎ東南アジアに移している。このような状況をノーベル経済学賞受賞者であるアーサー・ルイスの名前をとり、「ルイス転換点」と呼んでいる。

 この転換点を乗り越えるために、より一層の市場の整備が求められる。例えば、民間のアイデアや発明が適切に保護されないなら、中国経済の長期的発展は実現できない。知財を尊重することこそ、安い労働力不足から中国を救うキーである。

 また、中国も日本もその経済調整が政府の財政政策に頼りすぎている。ムダとしか思えない政府系の投資プロジェクトが多い。実際に中国のGDP統計をみてみると、先進国と比較して、過度に投資に傾斜している。その主因は、冒頭に書いたように不動産投資が内実である。この不動産投資は、地方政府とその関連企業が連携して行っているケースが大半だ。みかけは「民間」にみえても、実際は地方政府の「公共事業」的色彩のものが大半である。公共事業の非効率性は日本でもそうだが、中国でも顕著だ。しばしば話題になるように地方都市にある高級マンションやオフイスビルの入居率が3割だとか4割だとか極端に低い。いわば「空き家」を投資目的のためだけに転売して、それで(土地価格が上がるという「神話」を前提にして)利ざやを稼いでいるのだ。これは日本のバブル期でもしばしばみられた「土地転がし」という手法と一緒である。ただ中国の場合はそれを公的部門が事実上仕切っていることに問題がある。この中国の不動産バブルの根源には、「土地の国有化」制度があるといってよい。つまり土地の根源的な価値を、政府が「暗黙の保証」を行っているに等しいのだ。これが中国の「土地神話」あるいは「中国バブル」の最終的なよりどころになっている。あたかも「一行たりとも銀行をつぶさない」といって民間銀行にリスクに過度に傾斜した融資を行わせた護送船団方式を想起させる。

 中国は経済調整の方法を政府の財政政策から中国人民銀行による金融政策中心に移すべきでだろう。また、完全な変動相場制に移行するのが望ましい。これはいまの金融政策を為替レートを安定化させることに振り分けることではなく、国内のインフレや雇用の安定に振り分けることを意味する。そしていままでの議論からわかるように、構造的な問題の解決も重要だ。その最大のキーは、「土地国有化」制度という「政府の暗黙の保証」を廃止することだろう。 

 中国は日本の失敗から教訓を学んでほしい。日本銀行はバブルの再発を防ぐために、最近まで事実上の金融引き締め政策を採用し続けた。それは不況の長期化を招き、日本は20数年も停滞した。バブルを恐れるあまり、経済そのものを圧制してはいけない。たとえ中国のバブルが破裂しても、適切な金融政策を採用することが、最もその後の痛みを短く軽くするだろう。最近、金融政策を従来のものから転換した日本経済の復調はその証明ともなろう。

 中国経済の成長率はこれから低くなるかもしれないが、適切な財政金融政策と制度改革を採用すれば、今後の10年を5〜7%の成長率を維持することができるだろう。それができないときは中国には困難な年月が待っているということが、日本の与えることのできる教訓である。