経済学史学会関東部会、野口旭『世界は危機を克服する』合評会感想(松尾匡さんのコメントとトービンの主張)

 大学で休日出勤の後に行ったのでかなり消耗。しかし報告のお二人のコメントは楽しかった。やはりプロ同士のコメントの応酬は得るものがある。平井俊顕さんのコメントについては、僕の関心のあるところだけを下のふたつのエントリーに書いた(会場でもこのふたつの点は簡単に話した)。他に論点はあるがそれも別のエントリーで。

 松尾匡さんのコメントへの僕の質問や、松尾さん自身のコメントをさらに敷衍したものは昨日のエントリーに3つほど書いた。野口さん自身の本の概要をこのブログではまだ書いてないが(近日中に書く予定)、野口さんの本の主張のひとつは、「ケインズ主義2.0」というもの。これは金融政策を重視し、特に期待(予想)を中心にした考え方。他方で財政政策についての効果は限定的。そして日本などでしばしばみられるケインズ解釈(財政政策が重要で、金融政策の効果は無視)を「ケインズ主義1.0」として対比させてるといえる*1ケインズ主義2.0を野口さんは現状のニューケインジアン(特にクルーグマンモデル)とほぼ同じとみなしていると思う。

 松尾さんはこの野口さんの区分をさらに刷新して以下のようにする

ケインズ主義ver.0 財政・金融ともに重視。期待も重視。ケインズの『一般理論』
ケインズ主義1.0 野口さんと同じ。財政重視、金融無視
ケインズ主義2.0 野口さんと同じ。財政
ケインズ主義2.1 現代版のケインズ主義ver.0。財政・金融ともに重視、期待も重視。

 この議論の延長で松尾さんが「新しい古典派マクロ経済学」の特徴と、ケインズ主義2.0 とケインズ主義2.1との対比を上げていた。「新しい古典派マクロ経済学」は、1)合理的期待、2)瞬時の需給均衡 のふたつの特徴をもつ。日本ではしばしば1)が「新しい古典派経済学」の特徴のように思われまた一部では敵視されているがそれは違う。むしろ予期せざるショックが与えられても、すぐに新しい需給一致の均衡にジャンプするという特質こそ「新しい古典派マクロ経済学」の特徴である。

 それに対してケインズ主義2.0やケインズ主義2.1は、人々の期待(合理的期待だけではなくそれを含む期待形成を徹底して考える研究プログラム)を取り込んで、しかも予期せざるショックに対する経済の移行過程を丹念に描くことで、財政政策や金融政策の効果を描写する。

 このような松尾さんの解釈は、実はトービンが『マクロ経済学の再検討』の第二講「政策・期待および景気安定化」で概要を述べたことと同じである。この点を言いたかったが時間がなかった。

 トービンもまた「新しい古典派マクロ経済学」の特徴である、1)合理的期待、2)瞬時の需給均衡 のうち2)の仮定をはずせば、「金融または財政政策が不完全雇用の状態を修正できるような合理的期待経路が存在しうることになる」(邦訳74頁)と指摘している。

 例えば以下のようなケースをトービンは指摘する。
「貨幣成長率の上昇は、実質利子率を期待どおりに下落させ、その結果実質需要は増加し、またその価格・賃金経路にそって需要を満たすように供給が増加する。もし価格および賃金のインフレーションが加速されたとしても、そのインフレ率の上昇幅は貨幣成長率の上昇幅よりも小さい。より高い実質所得を期待して支出する労働者はより多くの所得を獲得する。民間企業は、雇用および支払給与総額が増大することを可能ならしめるように販売を増加させる」(邦訳72頁)。

 これはフィッシャー効果が即時に表れると言うデフレ派への反論として、トービンのみならずリフレ派のテキストで今まで紹介されてきたものと同じである(例えば岩田規久男『デフレの経済学』など参照)。

 いまの例は金融政策(貨幣成長率上昇のケース)の効果についてだが、トービンは同じように合理的期待の下で財政政策が効果を持つケースも次のように書いている。

「短期的にケインジアン的な不完全雇用にあるとき、財政政策の拡大によって一般の人々はたとえ将来の税支払分を十分に差し引くとしても、税引き後の将来実質所得の現在価値の改善を間違いなくあてにすることができる。拡大政策がなければ使用されない資源がすぐに使用できることによって実質所得は上昇するからである。家計はそれを期待して支出を増加させる。その結果、筋書どおりのことが起きるのである(つまり新しい古典派マクロ経済学のように効果があるのは期待はずれのときだけではない。期待通り故に効果を発揮するのである…田中注)」(邦訳72-3頁)。

 トービンは「期待の安定化と経路の安定化の目標が過去よりもどのようにうまく達成できるか」が、これからの経済学の取り組む問題だとしている。同じようなコメントは松尾さんにもあった。そして現実の政策をみるとまさにその問題にわれわれは直面しているのである。

ちなみにケインズ主義2.0は価格・賃金の粘着性が採用されてるので、そこだけ注目すると「新しい新古典派マクロ経済学」が調整速度が∞であり、他方でケインズ主義2.0は時間がかかるが最終的には同じ需給が一致することになる。

 だがどうも松尾さんが言っているケインズ主義2.1は価格・賃金の粘着性には依存してない話を含みたいようだった。実際に置塩ー松尾ケインズ解釈はそのタイプだ。粘着性にはまったく依存していない。ケインズ自身(つまりケインズ主義0)も同じだ。ここらへんは実に面白い。

世界は危機を克服する: ケインズ主義2.0

世界は危機を克服する: ケインズ主義2.0

マクロ経済学の再検討―国債累積と合理的期待 (1981年)

マクロ経済学の再検討―国債累積と合理的期待 (1981年)

デフレの経済学

デフレの経済学

*1:野口さん自身はこの「ケインズ主義1.0」を使ったかだいぶ前に同書を読んだので記憶がおぼろげ。あとでここは訂正するかも