加藤寛の経済学メモ

 twitterにつぶやいたことを(一部修正して)記録したもの。加藤寛に興味を抱いたのは、高橋洋一さんのこの追悼文http://shuchi.php.co.jp/article/1368による。

 例えば、竹中平蔵氏や高橋洋一さんに影響をかなり与えた加藤寛を、「新自由主義」と批判する人がわりといて、本当に無知ってすごいなと思った。加藤寛氏のキャリア形成をみてみたら、「新自由主義」(=市場原理主義)とは異なるものだということは明白だろう。加藤寛自体も『入門公共選択』で、フリードマン新自由主義と自らの公共選択論的立場を対比させて説明している。以下ではその点もふれてある。

 加藤寛のキャリアは、最初、ソ連経済研究から始まった。ソ連経済はその初期において重工業を中心とする投資重視の経済。かなりの高度成長を実現していた。しかしそれに対して、加藤は、師の気賀健三とともに、ソ連経済の限界が、減価償却をほとんどやらない経済であることに注目した。簡単にいうと、でかい箱ものをつくっても、減価償却を考えてないから、どんどん設備がへたるだけ。また他方で重工業を偏重する「強制」投資政策なので、社会資本(インフラ)整備は遅れ、また民間の消費は抑圧してしまう。

 ソ連の人たちは稼いでもほとんど「税金」にとられるのと同じ状態だ。人びとの働く誘因減退するだろう。また産業はソビエトの計画によってその編成や目的が定まってしまうので、「企業家」的なマインドも減退している。

 以上から生産性が徐々に低下していき、ソ連の経済成長率は低迷していく(ちなみに軍備拡張も重工業への「強制」投資と同じ役割を果たすことになる)。これは加藤からみると集権的経済の失敗、つまり政府の失敗への注目になる。

 他方で、この頃、彼は「福祉国家三人組」とも呼称されていた。それは北欧型の福祉国家への高い評価にも表れる 彼が当時、『反主流の経済学』(ミュルダール)の訳者でもあったことがその一端をよく示している。本書では平等を目指すことが、生産性もあげることに加藤は訳者あとがきで注目していた。加藤の『最適社会の経済学』を読めばわかるが、いまの北欧型社会のワンパターンな解釈(福祉のみへの注目)ではなく、競争的な市場と政府の積極的な福祉政策といいう「最適な政策選択」の実現、それによる福祉の向上がメインテーマだった。

 つまり政府が適切な介入を行う制度設計が市場の効率性を高める認識。この福祉国家論(最適な政府介入と競争の組合せ)とソ連論(政府部門の失敗ゆえの経済停滞)の理論・実証認識が結んで、政府がどのように(経済)政策を行うのか、そのプロセスは何なのかに注目したことで、公共選択理論への関心に至ったのだろう。それが現実には国鉄民営化の体験で強く裏打ちされる。やがて公共選択理論への関心×国鉄民営化や税制問題などの政府関連の仕事の経験から、彼は日本の官僚制が、経済を深刻な病に追い込んでいること、官僚制の失敗に特に注目したのだろう。

 ここまででわかるように、市場原理主義(市場の自由放任で全部オッケイ)とは最も遠いことがわかる。せめて「新自由主義」だとか「市場原理主義」とか「ウォール街の手先」とだけ叫ぶ人たちは、せめていま書いたことぐらい前提にすべきだ。そのようなかかしを相手にしてのネット的ドンキホーテは本当に知的な怠惰か、物哀しささえも漂うレベルでしかない。

 加藤寛ソ連経済関連の文献は以下。『社会化と経済計画』(丸尾直美との共著)、『ソ連の経済成長と経済計画』、『計画経済の成長方式』、加藤の訳書で『ソヴィエトの国民所得』、丹羽春喜との共著『現代ソ連経済の構造』。これくらいは加藤寛の初期業績を理解する上で必読。

 加藤寛についてはまた機会をみて触れる予定。

入門公共選択―政治の経済学

入門公共選択―政治の経済学