すばらしいプレゼント:『プレゼントの経済学』

 ジョエル・ウォルドフォーゲルの『プレゼントの経済学』。クリスマスの贈り物をイメージした白と赤のブックデザインもとてもいい。原題はScrooreconomics。つまり『クリスマス・キャロル』のかの守奴銭スクルージと経済学を結びつけた経済学の贈り物だ。編集の方から今朝、贈っていただいたとてもすばらしい著作。

 贈り物が贈り主の「よろこばせたい」という動機に反して、貰い手の多くが「うれしくない」と感じてしまい、社会的なムダが発生している、とウォルドフォーゲルは指摘している。このムダは先進国を中心に膨大な金額になる。この贈与経済の分析を、著者は途上国への援助、政府が行う現物給付や日本での定額給付金などのようなタイプの現金給付の分析に応用していく。現金が一番贈り物として効率的なのに、現金を贈ることが社会的な規範、宗教上の理由、たんなる見栄などで控えられてしまうことも、贈与経済が非効率的になる原因である、と著者は書いている。その分析は鮮やかであり、消費者余剰や簡単な需要の価格弾力性、上級財と生活必需品などの経済学の基本的な考え方をスムーズに学べてしまうことも著者の熟練した教育的スキルの高さを感じる。

 例えば、クリスマスプレゼントは特別な財ではなく、生活必需品と同じものであること。つまり日々食べている夕食となんらかわらないものであること、さらに寄付金は所得が増えれば増えるほど支出が増加する上級財であること、などが簡単な統計的分析やデータとともに提示されていて、読んでいてまったく飽きない。軽い皮肉も利いている。「地獄への道は善意が敷き詰められている」という実例として、やさしいおばあちゃんとしつけのいい孫の話がでてくる。やさしいおばあちゃんは普段会わない孫にプレゼントする。喜んでもらえると思って。ところが孫の趣味にまったく合わない。そういえば僕も昔経験した。田舎の祖父が手編みのセーターを贈ってくれたことがある。高校生のときだ。母親(その祖母の娘)は「とてもあたたかそうじゃない!”」と喜んでいた。しかしこの母親ももちろん祖母も、孫(僕)がこんなごわごわしたださい(死語)セーターを外にきてけるわけがない、とがっくりきていたのを知らない。しかししつけがいいかは別にして、彼(孫)は外には着ていかず、部屋の中で着ることにした。その祖母の娘はその子どものセーター姿(家の中だけ)をみて、「あたたかくてにあってる」と嬉しそうにみつめたっけ!w

 そんな思い出のひとつやふたつ、贈り物に関してみんな持っているだろう。そういう個人的な思い出を経済学の視線からみるとどうなるか、この本は自分で身の回りの出来事を考えるヒントにもなる。いまの祖母を政府、孫を国民にしたりすればいろんな応用が可能だ。ただ本書ではふれられていないが、クリスマスのプレゼントやそのほかのさまざまな贈り物が、ネットオークションや質屋で転売される可能性も考慮すれば(実はこのケースを考えるヒントも本書にはちゃんと書かれてはいる)日本のクリスマスプレゼントへの興味深い考察が追加されたかもしれない。

 この薄くて1時間もかけずに読める著作には、経済学のエッセンスが濃縮して詰まっている。

 ただ注意が必要だ。本書には深刻な例外がある。この本を贈られた人(例えば僕)はこのプレゼントをとても気に入るだろうから。

プレゼントの経済学―なぜ、あげた額よりもらう額は少なく感じるのか?

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