ダイエットと就活は似ている

 ゼミの学生の構成はここ数年、多国籍化していて世界5、6カ国からの学生がだいたい半分、あとは日本の学生という感じです。グローバル化とは何か、といえばとりあえず私は自分のゼミの学生を相手にしての教育や就職相談を真っ先に想起してしまます。いま所属する学部では10数カ国から学生が来てるのでその意味でも多様性があっていろいろ勉強になることが多いですね。

 ところで留学生の就職は日本の学生と基本的に変わらないんですが、違う点としてはやたら長い期間かかる、ということがあります。言い換えればそれだけ就職が難しいということでもあるんですが。留学生(日本人学生も基本同じだが以下はいちいちことわらない)はやはり人さまの国で職を得るということがいかに難しいのか、私がいうまでもなくよく知っているので、かなり熱心に取り組んでいます。企業研究はもちろんだけど、言葉使いやリクルートファッションなどにも積極的にアドバイスを求める学生もいます。特に三年生の秋以降、就職活動が本格化していくわけですが、その初期段階での留学生の熱意の高まりはかなりあると思います。


 私はそういう熱心な留学生にいつもいうことは「ともかく留学生の就職は長くかかるから、最初にとばしてへばらないように」「(気を楽にもてないかもしれないけど)ともかく気張らないで」というものです。多くの日本の企業が「留学生大歓迎!」」といちいち幟をたててくれないこともあるし、また深刻な不況なだけに、大卒就職市場の最弱者にはいる留学生たちにとって就職状況がいいわけはないですね。ちなみに本国に帰っても大変でしょう。世界同時不況なのだからその影響が世界各国にみられるのは当然として、いち早く景気悪化から脱した中国では大学卒業生が構造的な意味で過剰なために、就職難だと日本のメディアでもとりあげられてます。

 就職活動に熱心な留学生に限って初期段階で多大な熱意と努力を傾けるのは経験上わかっています。しかも能力や成績がいいから就職がすぐに決まるわけでもないのです。で、そのような熱意と努力をもつ留学生にかぎって、なかなか決まらないことで、次第にへばってきて長続きしないこともいままで多く見てきました。

 これはある意味で、ダイエットのリバウンドにも似ているでしょう。「オタクのキング」こと岡田斗司夫氏が書いていたが、ダイエットのコツは長続きすることだといいます。同じことが留学生の就職活動にもいえるのではないでしょうか。「長続きすること」。

 ところでその反対に、なかなか就職したいという気持ちがあっても重い腰をあげられない学生も多いのです。こちらの方は肥満やメタボを気にしながらダイエットを最初からあきらめている人たちに似ているかもしれません。

 ではどこまでダイエットと就職活動は似ているのでしょうか? 岡田氏の本『いつまでもデブと思うなよ』を参考にして以下考えてみたいと思います。

 岡田氏は日本は江戸時代は家の格によって人の出世や収入が大きく決まった「家柄主義社会」、そして学歴によって出世や収入が大きく決まった明治・大正・昭和の「学歴主義社会」から、現在は「見た目主義社会」に変化したといっています。例えば新幹線の中で売り子をしたり、球場でビール販売をしている人たちも「見た目」がいいー可愛いとかイケメンとかー方が売り上げがいいし、その「見た目」の効果を企業も社会もいまや積極的に営業戦略に活かしている、と岡田氏は強調しています。

 ふつう「学歴主義社会」というと社会での「実力」とは無縁な、偏差値偏重だとして批判され、日本型雇用システムを支える古びた考え方である、むしろこれからは「実力」を評価する成果主義的な社会になる、というのがよく見かける意見でしょう。そうではなくて、岡田氏は人の「見た目」が積極的に評価の中心になる、と断言しているわけです。

 就職でも実際には偏差値40でも偏差値70でも企業のほとんどは積極的に差別して採用することはありません。その意味では就職の主流はすでに「学歴主義社会」ではないでしょう。もちろん「学歴」例えば旧帝大とか有名私大の人をなるだけ採用したい、という採用戦略をとる企業も少なからざるあるのは事実です。しかしなんといっても日本の企業社会の90%以上をしめる中小企業はそんな偏差値の高い学歴だけをみて採用することはまずないでしょうし、大企業の多くもわざわざ偏差値で選別するコストをかけるほど余裕はないのが実情でしょう。ちなみに私は文系の学生を念頭においてこれを書いてます。

 他方で、結果として偏差値の高い大学の出身者は有名な大企業にわりとわりと採用され、偏差値の低い大学の出身者はわりと中小企業に採用される傾向があるように思えます。また中小企業でも競争の激しい企業に採用される学生は結果としてみると偏差値の高い大学の学生がわりとよく採用されているように思えます。一例では、出版業などは中小企業の典型ですが、やはり有名国公私立大出身者のウェイトが高いのではないでしょうか? これはひとつには採用試験のベースがほとんど受験と同じ選抜のフォーマットを使用しているからに他ならないからです。例えばエントリシートなどかなりきちんとしたものを書かないと、このエントリーシートの提出の段階でほとんどの学生がおとされてしまうというのが有名企業でよくあるパターンです。

 ところでこのときエントリーシートをきちんと書くには、かなり高いレベルの日本語能力が必要ですし、またエントリーシートはいわば応募者の最初に放つ武器みたいなもので、その後の面接などの戦略の基礎となるものです。つまりただ必要事項を埋めるだけでは、いいエントリシートの作成とはいえないわけです。また世間に売られている無数のエントリシートの書き方をまねても、たぶんあまり高くは評価されないでしょう。当たり前ですが人気のある企業に応募してくる人の大半は、そのようなマニュアルを見ているわけで、似たような記述のエントリシートが無数に提出されていることでしょう。したがって本当に評価されるエントリシートを作成するには、すぐれた日本語能力、戦略、そして目立つ何かαが必要になってきます。その一方で、マニュアルのまねもできずに、エントリーシートを書く手前ないし、書いている途中で挫折する学生もそれこそ非常に多く存在するのもよく知られている事実です。どの大学かは問わず、多くの学生たちは企業を主にテレビやメディアなど日常のイメージで選びます。たぶんどの大学でも就職希望の企業名を書かせれば、1,2年生ぐらいであれば、みんなが知っている有名企業をずらずら書くのが普通でしょう。ところが実際に有名企業のエントリシートやその後の採用試験・面接を突破できるのは、受験のテクニックにひいでた人たちが過半をしめるわけです。

 私は就職市場に関しては、岡田氏とは違いいまだに「学歴主義社会」が継続する「結果」になっていると思います。つまり就職採用のフォーマットが、受験に強い学生向きなままなのです。ところで、岡田氏が「見た目主義社会」の実例で紹介しているケースもまた大卒就職市場で重視されてきているのも否定できません。岡田氏の本から引用しましょう。

「例えば、就職戦線を勝ち抜くための履歴書。そこに貼る写真は、修整してもらうのが当たり前になっている。陰を消し、写りをよくするだけではない。彼らが目指しているのは、女の子にもてそうなイメージではない。しっかりしていて落ち着きがある。明るく前向きな雰囲気。頭の回転がよく、機転がききそうな印象。素直でやる気がありそうな感じ。このような、企業の人事部長や役員クラスに好感をもたれるイメージをいかに不自然ではなく、演出するか、真剣に模索しているのだ」(40頁)。

 これは誇調でもなんでもないでしょう。実際に履歴書をコンビニなどにおいてある3分間写真機で撮影したり、または汚い字で履歴を書いてては正直、イメージだけで大損です。写真はプロがちゃんと撮影したもので、当然に身だしなみもいいにこしたことはないでしょう。わざわざ本来の髪の色とは違う色に染めたり、ピアスをしたり、するのは表向きではどの企業も何もいわないはずですが、実際には大きくその人の評価を左右しているはずです。また履歴書も自筆を要求されるときはなるべくきちんとした書体で書くことが重要でしょう。

 「うちは見かけでは左右されない」という人事担当の人もいるでしょうが、多くの企業の会社案内やホームページなどを参照してみてください。ピアスをしていたり、本来の髪の毛を染めたりユニークな髪形にしたりしている社員をその会社案内やホームページなどでみかけるでしょうか? 多くの企業の会社案内に登場する社員たちは、岡田氏が書いたように「しっかりしていて落ち着きがある。明るく前向きな雰囲気。頭の回転がよく、機転がききそうな印象。素直でやる気がありそうな感じ」全開で演出された「社員像」として登場しているでしょう。どんな苦難や個人的なつらさが書かれてあったとしてもそれはやがて「成功体験」として記述してあるのが関に山です。これはまさに「見かけ」ですが、企業がそんな「人物像」を理想としているという「本音」でもあるのです。

 またよく資格取得も宣伝されますが、多くはハイリスク・ハイリターンの資格の習得がもてはやされています。それはTOEICがすごい高得点であったり、公認会計士や司法試験などに受かれば素晴らしいことでしょう。でも多くのそうような学生は受験強者の大学生でしょう。私が就職についていつも関心をいだいているのはそのような人たちではないです(もちろん経済学者としてではなく一教員としての実践レベルで、という注意書きを大きくしておきます)。私はそのようなハイリスク・ハイリターンな試みを学生にあまり勧める気にはなりません。

 岡田氏も同じようにダイエットをするいくつかの方法をあげそれがどのくらいのリスクとリターンをもたらすかを一覧にしています。そして彼はあまり「自分を変える」つまりいままでの生き方を大きく変えてやるダイエット法を避けることを提案しています。私の考えている就職のアドバイスもこの「自分を変えろ」といわないようなものにしたいと常々思っています。ただ教員の性でしょうか、やはりそれが難しいときもありますし、つい人間改造計画に走りたい欲求にもかられます。

 岡田氏はダイエットを続ける方法として、自分のいままでの生き方を大きく変更しないダイエット方法を試みました。それは自分が毎日なにをたべているかを克明に記録する、そしてそのカロリーを計算するなど、自分がいまなにをしているかを記録する「レコーディング・ダイエット」というものをしたそうです。その結果(いまはどうなっているか知りませんが)一年で50キロのダイエットに成功したそうです。

 ではそのような今までの自分をなるべくかえない、つまりそれほど多くのリスクを冒さずに、そこそこのリターンを得る(結果としてはかなり大きなリターンを
得ている)方法を就職で求めるにはどうすればいいでしょうか。まず、ここでもこの「レコーディング・ダイエット」というのは参考にする大きな魅力があります。これはいまもやっていることですが、まず学生たちに「自分の就職したい会社の名前を10社以上書かせる」ということをします。これが私の学生たちへの就職指導のスタートでもあります。もちろん一方で、ゼミの学生たちが将来、就職するのか進学するのか、あるいは留学生であれば帰国したいのか、などを面談して聞きますが、そのときは大枠を聞くだけにしています。これは教員側にもいえるのですが、最初からとばすと、教員もへばります。

 さてこの「自分の就職したい会社の名前を10社以上書かせる」ということをすると、だいたいの学生はテレビや新聞・雑誌などつね日ごろ目にする有名企業の名前を羅列していきます。さきほどエントリシートを書くだけでもハードルの高そうな競争の激しい企業ばかりが登場するわけです。例えば今年の就職人気ランキングの上位に登場する企業名ー資生堂ソニー三菱UFJ銀行などーや、あと自分たちの生活圏でよくみかける企業名ーユニクロトヨタ、それに地元の有名企業などーをあげてきます。なかには10社あげられない学生もいます。

 そしてその一覧を眺めながら、私が最初に言う言葉は、「これ全部受からないと思うよ」というまことにつれないものです。学生もそれでショックをうけることは稀です。なぜなら彼らも真剣に選んできているわけではなく、ただ名前を知っていたり、人気だからあげてきている場合が大半だからです。もっとも真剣に難関企業を目指す学生も少なからずいますが、そういう学生はリストの構成がまったく他の学生とは違います。

 私が次にいう言葉もだいたい決まっていて、「来週までにまたリストを作成してきて。自分が受かりそうもないと思うけどいきたい企業を3つ、自分の実力とほぼ同じかな、と思う企業を4つぐらい。そして自分の実力よりも下だと思う企業を3つ」と指定することにしています。

 最近の就職本では就職情報会社のインターネットのサイトにある企業情報をただの「宣伝」だと批判するのが流行ですが、確かにその主張はその通りなのですが、それでも就職情報会社のサイトでさまざまな企業を検索することができるのは便利です。私はナビサイトの他に、『就職四季報』(女子学生版も含めて)を学生たちに企業選びの手段としてすすめています。選ぶときの具体的なアドバイスもしますが、それはまた別な機会に書きましょう。私の方もあまり最初からとばすと、ゼミの人数が20名とすれば一人1分だとしても20分。もちろん1分ですむわけでもなく簡単な話だけでも1時間などあっという間にすぎてしまいます。ですので企業リストをみても、迅速に○×式で学生に投げかけています。「これはいいんじゃないかな」とか「これは実力どおりではないのでは?」などです。あんまり最初から細かいことをいうのは禁物です。ダイエットでいえば本当に痩せる努力をしているのではなく、いまはまだただ「記録」しているだけだからです。

 この志望企業リスト作りを、岡田氏のレコーディング・ダイエットのように毎日作成する必要はないですが、はじめのうちは毎週作成するのはどうでしょうか。ひとつは自分たちがいかに企業を知らないかがわかるし、また自分たちが自分自身の就職のための「実力」をどう判断しているのか、記録として残すことができると思うのです。

 実際にその企業を受ける受けないは別にして、毎週のように希望企業を書かせる。ちょっとした評価を与えて、また学生に作成させる。こんなことを私ははじめのうちはしています。そうすると彼らがどう自分自身のことを考えているのかも、私の方もわかります。実際にちょっと私のゼミは人気があるようで(笑)20名前後いるのですが、彼らひとりひとりを十分に知ることはなかなか難しいです。しかしこの企業リストを毎週作ってもらうと、彼らの個性もなんとなくわかるから不思議ですね。

 念のためにいいますが、ともかくリストをつくる=記録を作成する、ということが重要で、それらの企業を本当にうけるうけないは別の話として作成するのがコツです。いいかえるとどんな企業が日本に存在するのか、また自分はどのくらいの実力をもっていると自分では評価しいているのか、それを記録していくことが大事だと思うのです。

 不思議なことですが、何回か作成させていくうちに、学生たちの企業の選球眼も磨かれていきます。もちろん私も「あれ?この企業はなんだろ?」というものがいくつも企業リストの中に登場してくればしめたものです。当たり前ですが何十万社もある企業をすべて私が知るわけでもなく、せいぜい学生に毛の生えた程度です(毛は無いですがw)。私の名前が知らない企業が、有名企業などに並んでちょこちょこでてくれば、そこで学生の企業選びが一段階上がったと思っていいでしょう。私の方も「この企業ってなんで選んだの」と○×ではない受け答えを始めるわけです。まあ、それからは学生たちとの長い話になるのですが、それはまた機会があれば書きます。ちなみにすべてうまくいくわけじゃないですよね。当たり前だけど、ペテン師でもないかぎりすべてうまくいく就活話などあるわけもなく、試行錯誤の連続で、岡田氏のダイエットだって岡田氏はうまくいったけど、そのほかの人は未知数なわけです。いま書いた就活の話もそれと同じなのですが、少しは役立ってほしいと思い長々書きました。

とりあえずこのエントリーは終わり