山森亮『ベーシック・インカム入門』

 とてもためになる本。負の所得税ベーシック・インカムの差異と類似点も明瞭に解説されていて勉強になる。ベーシック・インカムが勤労インセンティブ、または賃金労働(勤労インセンティヴと等価の問題ではない)の問題とどう関連しているかが、本書の中心的なテーマだろう。後者の賃金労働(の制度的前提=福祉国家の理念そのものと山森氏は指摘している)については、ベーシック・インカムの構想は、僕の考えでは理念的な意味で対立したものだと思う。

 もっとも実践的な制度設計では共存可能だろうけど。これは本文中でもバートランド・ラッセルがかなり明白に言い切っている、ことを山森氏は紹介している。日本でも生存権の認承が、賃金労働と無縁な形で認められるべきだとする主張はあった。例えば養老年金問題に関する福田徳三と桑田熊蔵の論争を参照されたい。福田は後にラッセルの考えも自分の中でこなし、「日本のラッセル」ともいわれた。

 山森氏の本からこのラッセルの部分だけ以下に引用しておこう。

「同書(『自由への道』)においてラッセルは、アナーキズム(無政府主義)や社会主義について考察し、ベーシック・インカム+有益な仕事に従事した人々への分配という仕組みが、「純然たる無政府主義」や「純粋の正統派社会主義」よりも「遥かに成功の機会が多い」ものとして提起されている。ここで展開された4時間労働論の部分は、1932年の著作『怠惰への賛歌』で、再度詳論さえることになる。こちらでは資本家の唱える勤労倫理への批判が正面から語られている。仕事はある程度は「私たちの生存に必要」であるが、「決して人生の目的の中には入らない」。にもかかわらず、仕事が人生の目的のように私たちが感じているとすれば、それは私たちが欺かれているからである。

 このことで、私たちが欺かれている…ひとつの原因は、貧乏人に不満を起こさせないという必要であって、そのため金持ちは、数千年間、労働の尊厳を説くようになったが、そういいながら、金持ち自身は、この労働の点で、尊厳にあずからない様子でとどまっていようと気を配ってきた。

 このラッセルの労働倫理への醒めたまなざしと、非労働時間をすべての人に保障することが、人々の創造性を増すという考え方を、現代においてよく継承しているのが、次にみるヴァン=パイレスの議論である」(142-3頁)。

 ラッセルの主張は福田によって営利主義(資本主義の言い換えといってもいい)を前提にし、それとの緊張関係の中での生存権のための闘争という経済思想として結晶していく。「共産主義への資本主義的道」を説くヴァン・パイレス(ヴァン・パリース)の議論とある意味でパラレルであり、先行している。もっとも福田だけではなく、当時のドイツの経済学者ゾンバルトの後期や(後に不評を買う)ゴットルの初期の立場にも鮮明でもある。

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

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