岩田規久男日本銀行副総裁講演より:賃金と雇用について

 岩田副総裁の講演における賃金と雇用の動向についての言及http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2015/data/ko150204a1.pdf

 まったく同意するので、このWSJの記者のように「消費増税の影響を除いた実質賃金が減少したことからみると」という間違った認識は修正していただきたい。

講演から以下抜粋

(4)雇用・賃金をどう考えるか
さて、予想インフレ率の上昇を起点に総需要が拡大し、生産から所得、支出という前向きの循環が働いた先には、働く人々の雇用の安定と労働条件の改善が待っていなくてはなりません。この点、先ほど申し上げた通り、雇用者数が大幅に増加し、完全失業率や有効求人倍率も大きく改善するなど、昨年から続いている雇用環境の改善は、消費税率引き上げの影響で実質成長率が低調となる中でも途切れていません(図表 11)。雇用者数の増加については、「非正規雇用が増加しただけで、正社員は増えていない」という批判があります。しかし、この議論は、雇用のパイ全体が拡大す中で起こっている、「まずは非正規から段階的に雇用を増やそう」という前向きな動きと、過去に続いてきた「正社員から非正規雇用への置き換え」という後ろ向きの話とを混同している面があると思っています。景気回復の初期段階において、より柔軟に調整が行える非正規型の雇用が増えるのは当然のことであり、この段階では、多くの不就労者が職に就き、賃金収入を得られるようになったという点を、まずは公平に評価すべきだと考えます。また、これと似たような議論として、賃金の上昇傾向が継続していることに対しても、「名目賃金の上昇が消費者物価の上昇に追いつかず、実質賃金は低下している」という批判があります。この点については、まず、需要の拡大がもたらした物価上昇と、消費税率引き上げの影響を分けて考える必要があると思います。消費税率引き上げによる実質賃金引き下げ効果を除くと、一般労働者の実質賃金もパート労働者の実質時給も、前年と比べて大きく落ち込んでいる状況ではありません(図表 12)。また、雇用者全体でみた実質所得も、消費税率引き上げの影響を除くと、2014 年3月から9か月連続で前年比プラスとなっています(図表 13)。つまり、「労働者一人当たりの賃金も全体としての所得も、需要の拡大がもたらす物価上昇に見合う程度には上昇しているものの、消費税率引き上げの影響まで相殺するほどの上昇は、さすがにま実現できていない」というのが、実質賃金についての公平な見方であると考えます。金融緩和によって需要を刺激する場合、通常は名目賃金よりも物価が先に上がるため、初めの段階では、実質賃金はむしろ低下します。しかし、実質賃金の低下が企業の雇用需要を増加させることで雇用者が増え、失業率が低下するという経路がありますので、この段階における実質賃金の低下は必ずしも悪いことばかりではありません。雇用需給がタイト化するにつれて、名目賃金も上昇し、実質賃金の低下圧力が和らぎ始めますし、生産が拡大すると雇用者もより効率的に働けるようになるため、労働生産性も上がります。こうして、最終的には実質賃金も上昇に転ずることになると考えられます(図表 14)。金融政策は確実に実体経済に影響を及ぼしますが、その効果の波及には順番があり、それなりの時間がかかります。ましてや日本経済は、15 年以上にわたるデフレからの脱却という難事業に挑んでいる最中です。所得の改善が支出を促し、さらなる生産と所得の拡大につながるという好循環がさらに進展することを、希望を持ってお待ち頂きたいと思います。