ウィリアム・プール(セントルイス連銀総裁)のグローバル貯蓄過剰と人口構造変化との関連についての講演


http://www.stls.frb.org/news/speeches/2007/04_16_07.html

 主要テーマは、高齢化に象徴される人口構造の変化が、現状のグローバル貯蓄過剰(米国の経常収支赤字とその他の経済圏との経常黒字のバランスとでもいった事態、具体的には米国の赤字の半分を中国と日本の黒字、18%をヨーロッパで説明可能、残りは新興経済圏)をどう説明し、またこのグローバル貯蓄過剰の変化はどのタイミングで起きるかをも説明する。


 プールの視点は、引退世代の増加で今後先進国や中国の人口構造の変化が始まる。このことと米国への資本流入や個人貯蓄率の低下とが密接に関連しているというもの。因果関係的には人口構造の変化が資本フローの動きや民間の貯蓄や投資に作用する。理論的にはライフサイクル仮説の適用になる。つまり若年層は子どもの養育のためにより消費をし、中年層は引退に備えて貯蓄をし、高齢層はその貯蓄や資産を取り崩して消費を増やす、というもの。


 このライフサイクル仮説を家計だけではなく一国経済に適用する。例えば現役世代が減少していく経済では、そうでない経済よりも投資需要は低下することが多い。なぜなら労働者一人当たりの資本ストックを維持するための減価償却を行う必要がないからである。


 各国の中位年齢を調べて、現状において米国の中位年齢は36.5(2000年)が41.1(2050年)、他の国では例えば日本は42.9→54.9、イタリア42.0→50・4、フランス38.9→44.3、中国32.5→45.0へ


 様々な要因(貯蓄慣習、経済の開放性や生産性、アジア経済危機の遺産などなど)があるがとりあえず人口構造の変化だけに関心を絞れば、現状では米国は若年世代であり消費が相対的に多く、その他の国々は中年世代で貯蓄が多い。注目すべきは、米国は他の先進国(中国含む)にくらべて高齢化を比較的免れている。そのため将来はまだ若年層から中年層へ移る境、すなわち米国は将来的に消費増から貯蓄増加型社会へ。他方でその他の国(中国も含めて)は米国に比して高齢化のスピードが速いので中年から老年世代へ。民間貯蓄率は低下し、消費が増加する。つまりこの将来の米国の中年化、他国の老年化が、いまのグローバル貯蓄過剰のターニングポイントになるだろう、というのがプールの見立て。付言すればこの構造転換まではグローバル貯蓄過剰=新ブレトンウッズ体制は結構長く維持するかも、というのがプールの見立てでこれはバーナンキ的見解(米国経済の双子の赤字に起因する米ドル調整のソフトランディング)を事実上支持していると思われる。


 ところでオリヴィエ・ブランシャールによれば、グローバル貯蓄過剰は、1)米国の低貯蓄率、2)諸外国の高貯蓄率、3)欧州やアジアの低投資、4)米国資産投資への強い偏好、などによるものであるとしている。これらをプールは人口構造の変化という点でグローバル貯蓄過剰の説明を補うことになるが、日本の場合は、クルーグマン論文(『復活だぁ』論文)でも注目されているが、高齢化は確かに日本の自然利子率の水準(貯蓄超過)に影響を与えているが、同時に金融政策も影響を与えていて*1、ブランシャールの3)のアジアの低投資≒日本のケース を説明することになると思う。

*1:自然利子率への短期的ショック、長期的ショックにまつわる論点は渡辺努『新しい物価理論』に詳しい。ただし自然利子率は概念的に渡辺氏のように短期・長期と画然とわけて議論し、クルーグマン批判に援用すべきかどうかでは私は異なる。例の短期は本当に短期かという問題。この問題は意外と経済学史的には古い問題ですが