編集部から献本いただきました。ありがとうございます。八代氏も増税よりも増収で復興資金調達を主張されてますね。当たり前な発想です。
さて 本書は小泉政権以来、新自由主義=市場原理主義として誤ってレッテルを貼られている、市場重視の思想を前面にだし、現代の日本の諸問題に応用して議論する刺激的な論争の書である。また同時にさまざまな経済学の古典を思想史的な文脈を踏まえて小さなコラムにまとめてもいて、読ませる工夫もまた刺激的だ。
そもそも「市場競争」に代わるどんな仕組みがあるのか? と八代氏は問う。ひとつは賢人政治。だが賢人の無謬性が前提されていて非現実的であるし、そもそも賢人政治の理想として語られることの多いスウェーデンは、政府の役割を個人のセーフティネットの構築に限定し、企業の保護は許さない市場競争国家であることを見落としていると八代氏は指摘している。この指摘は重要だ。このブログでもスウェーデン経済については、このエントリーと、また違う観点からこのエントリーで同様の問題を議論した。
また共同体モデルはどうか? これはよそ者を排除し、また異分子や目立ったものが抑制されるなど「出る杭は打たれる」社会である。これはいまの日本の風土を表している。日常的にもネットでも御用一般人の多いことはこの共同体モデルが日本でかなり機能してしまっている証拠だろう。それは息が詰まる社会だ。
八代氏のいう新自由主義=市場競争を重視する立場は、なにも政府の役割がいらないとか、市場の生み出す問題に無頓着ではない。セーフティネットの構築に政府は重要な役割を果たす。しかしここでも注意が必要だ。八代氏はセーフティネットー例えば社会保障や医療制度などーでも政府の機能の効率化をすすめるべきであるという。
例えば「所得格差の是正のために政府の規模を大きくせよ」という主張に対して、八代氏は効率的な政府論から以下のように反対する。
「しかし現行制度のままで、政府を通じた所得再分配の規模を拡大したところで、大きな効果はない。日本の社会保障には、高所得層から低所得層への所得再配分効果が小さいという、隠れた特徴があるためである。日本の社会保障の内訳を、福祉国家といわれるスウェーデンと比較すると、年金や医療などの社会保険の比重が高い半面、最低生活保障のための福祉の比重が低いことが分かる」157頁。
要するに年金や高齢者医療を増やせという高齢層の声に配慮する政治やマスコミのポピュリズムの力が政府の所得再分配効果を減縮させているのだ。年金は基礎年金に限定し、それ以上は市場にゆだねる、という設計を八代氏は提言している。そしてセーフティネットの再構築についても本書では周到な議論を展開している。
また市場は万能でもなく、そのメカニズムの設計を間違えれば、歪んだインセンティブをもたらすことも八代氏は的確に指摘している。その代表例が、リーマンショックで明らかになった金融システムのゆがみだ。これについてもどのように市場を設計するのか個々の事例に即して、試行錯誤の重要性が述べられているといっていい。あたりまえだが、すべて100点満点を市場に求めているのが、実は市場原理主義=市場重視、とみなして批判している人々の方であることが、本書を読むとよくわかるだろう。
個人的には日本の経済の停滞の主因は金融要因のゆがみにある。本書ではそれについては触れられていないのが残念だが、それ以外についてはぜひ一読をすすめたい。共同体モデルで「出る杭を叩く」を意識的に行っている人には読んでも意味はないが、無意識に加担している人には覚醒するにはいいカンフルだろう。なお、本書の個々の論点で補完・代替するものとしては、八田達夫氏の『ミクロ経済学』をおすすめしたい。僕の好みだと八田氏の本のほうが好きだが、ちょっと勉強色が濃いので好みが分かれるところだろう。

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