ジョン・クイギン(山形浩生訳)『ゾンビ経済学』

 リーマンショックにより従来の経済政策や経済学会で主流を占めていた5つの経済思想がまったくダメだということが証明され、死亡宣告が出されたのにもかかわらず、やつらはゾンビのようによみがえってきた、というのが本書の大枠である。その5つのゾンビ的経済思想とは、1.大中庸時代(1985年に始まる時期は、前代未聞のマクロ経済安定の時期だという発想)、2.効率的市場仮説、3.動学的確率的一般均衡、4.トリクルダウン仮説(金持ちにとって有益な政策は、最終的には万人の役に立つ)、5.民営化(いま政府が行っているあらゆる機能は、民間企業のほうがうまくこなすという発想)である。これら5つの経済思想は、ひとまとめに「市場自由主義」と本書ではくくられている。

 本書はこれら5つの経済思想=市場自由主義に対して、リーマンショックの教訓から混合経済の仕組みを主張している。それは人々が直面する社会的なリスクを福祉国家が適切に担う仕組みを構築することだ。

「大中庸時代の失敗は。政府の政策にとって広範んま意味合いを持つ。大中庸時代の終わりが持つ重要な含意は、大いなるリスク移転を逆転させるべきだ、というものだ。そのためには、社会民主主義的な福祉国家を構成する、社会的・集合的リスク管理制度を再び強化するしかない」。

 ここでいう社会的・集合的リスク管理制度の実例として、クイギンがあげものとしては、ナローバンキング制度だ。つまり投資銀行のような金融イノベーションによって社会全体をリスクに直面させる業態(株式投資ヘッジファンドなど)を銀行に認めるべきではない。銀行は古典的な貸出業務などに絞り、十分に国家が保護すべきだ。他方で公共的に保証されない金融機関(ヘッジファンドなど)とは厳密に所有関係を含めて切り離すべきだろう、という。

 望まれる方向の経済理論も従来の批判的なものよりも具体像が示されている。ケインズ的な要素(混合経済的側面)を主軸にして、そこに人間の行動が限定的合理性をもつものであることを積極的に導入することなどである。

 本書の提起する、民間部門と公共部門の適切なバランスに立つ混合経済のあり方は、いままでも議論されてきた。経済思想史的な蓄積も多い。それらの遺産を生かすべきときが来たということなのだろう(このブログでも四六時中いっている政策の割り当て論もそのような混合経済論の成果である)。

ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想

ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想