経済学史学会他編『古典から読み解く経済思想史』

 現代的なテーマと経済思想史研究との関連を追い求めた論文を収録した、東日本大震災以降の日本や世界の状況を意識したユニークな教科書。経済思想史研究者が、政策を意識したものとしては、10年以上前に出たこれも素晴らしい論文集だった『経済政策思想史』が想起される。ただ『経済政策思想史』は実践的な課題に資することを目的とするよりも、個々の経済学者とその人物が活躍した当時の経済政策や社会との関連に主眼が置かれていた。

 それに対して本論文集は、先ほども書いたように東日本大震災を意識し、その復興や今後の日本経済の在り方を意識したより実践的な中身を心掛けている。ただ実践的といってもおそらく門外漢からすると奇妙なバイアスもある。何人かの論者は、あくまでも過去の経済学者の発言を基準にしていていることだ。つまり経済問題ベースというよりも焦点はあくまでも個々の経済学者の発言に埋没しそこから実践的な教訓を読み取るという論建てのものが多い。

 例えば経済思想史研究者からすればそれはごく当たり前なように思うだろう。だが、実践的な関心しかない人からは、特に個々の経済学者の発言にこだわり、それを判断基準にする意味は乏しいだろう。ここらへんのギャップをどうするかもまた各論者の多くは意識して取り組んでいるところでもあるのかもしれないいが。

 例えば、若田部昌澄さんの第二章「グローバル化と貨幣」は、そのような個々の経済学者の発言の変遷やそれを実践的問題の判断基準としてみる方向を採用してはいない。国際的な通貨制度の変遷、そのガバナンスに焦点をあてて、その国際通貨制度をどのように当時の人たち(経済学者や政策当事者たち)が意識し(これはまさに経済思想の問題)、その経済思想の在り方が今日的な文脈でどのように教訓となりえるかを明確に意識したもので面白い。

 本書の中ではそのような経済制度に対する経済思想(経済理解の型)を問題にしたものは他にないのが少し残念ではあるが、ほかにミュルダールの経済思想から今日の少子化ワークライフバランスの問題を考えた藤田菜々子さんの論説、福祉国家論をその始祖であるべヴァリッジの思想の変遷で追ったもの、またアソシアシオンの考えをフランスの経済学者たちに追った栗田論考などが面白い。非常に力の入った論文集である。

古典から読み解く経済思想史

古典から読み解く経済思想史