書評再録:『つげ義春初期傑作長編集』

 初めて商業誌(『週刊東洋経済』)に書いたマンガ関係の原稿。

 「ねじ式」、「紅い花」などで60年代に伝説的な作品を残し、また80年代には「無能の人」で再び鮮明な衝撃を与えた著者の初期作品集である。50年代の貸本ブームをともにした時代劇(「忍者秘帳」、「残酷帳」シリーズなど)が収められている。戦国時代の忍者や武士たちの過酷な攻防戦が、傑出したストーリ展開を伴って描かれている。
 確かに画風は、当時人気を博していた『忍者武芸帳』の白土三平手塚治虫永島慎二などの影響がみられるので、「ねじ式」的世界が印象的な読者は意外であろう。だがストーリの面白さは、著作集に収録されている全作品において際立った特色をもっている。第3巻収録の「流刑人別帳」では、著者が自分探しの旅をする話を導入にして、郷里で出会った人面骨の由来をたずねる話に自然とスライドしている。この人面骨は、無実の罪で生き埋めにされた愚鈍な男のものなのだが、著者はこの主人公が残酷に殺されるだけの救いのない話をごくあっさりと読ませてしまう。その物語作りの力量はすばらしい。もちろん、この無益に殺される罪人が、著者と重なると「無能の人」的世界が現出してくるかもしれない、などと想像が働いてしまう。
 本著作集で、つげ氏が起承転結を大事にするしっかりしたストーリーテーラーであることが実証されるであろう。考えてみると、「ねじ式」もそうである。レジャーで海水浴を楽しんでいた青年が、メメクラゲにさされて血管が切断される。その治療のために医者をさがし、傷口にねじを埋め込まれたので、またボート遊びに戻る、といった奇抜な絵柄とは違いストーリの運びには無理がない。こういった点に著者の漫画職人としての律儀さを感じてしまうのは評者だけだろうか。漫画史を語る上での第1級の作品集である。