江戸川乱歩とデフレ恐怖時代

 今年は江戸川乱歩没後50年だが、乱歩といえば僕の若いころに出た松山巖氏の『乱歩と東京』はやはり衝撃的な著作だった。だがいま再読してみると、特に『二銭銅貨』をめぐる考察に瑕疵というか粗い議論がめにつく。『二銭銅貨』は1920年に構想がはじまり、22年に脱稿した。

 松山氏の著作では、『二銭銅貨』の背景にはインフレや金本位制の終焉が反映しているとし、さらに金融危機、昭和恐慌まで筆がすすんでいく。金本位制が日本で停止されたのは1917年であり、また1910年代後半は消費者物価指数で平均10%超だった。

 しかし『二銭銅貨』が構想された20年から完成した22年はデフレ時代であった。これ以降、日本はどんどんデフレ経済化が進行していく。『二銭銅貨』は乱歩の意識ではインフレ時代の産物だったかもしれないが、実際に構想され発表された時代はデフレ時代であり、そこに作者の認識と事実の差異がある。

 その「差異」に注目するべきだといまの時点の僕は思うが、この本を最初によんだ1984年にはそんなことは一切想起できなかった。松山氏の説明のようにインフレ時代がそのまま金融危機や昭和恐慌に結び付いていると思って読んでしまっただろう。ほかにも同書は経済関係の記述が多い。

 簡単にいうと、江戸川乱歩の代表作ほぼすべては、デフレ時代(1920〜31年)を背景にした作品である。デフレ経済がもたらした「恐怖」の具現化といっていいのかもしれない。
デフレを恐怖せよ

江戸川乱歩短篇集 (岩波文庫)

江戸川乱歩短篇集 (岩波文庫)