宮台真司『宮台教授の就活原論』

 以前、宮台さんたちの「マル激トーク・オン・ディマンド 」に出演させてもらったときに、学生の就職の話で盛り上がった記憶がある。本書でも冒頭に書かれているように、宮台さんは首都大学で就職支援委員会で委員長と委員を長年経験された。僕もこのブログで何度か書いたがアジア経済危機前夜から今日まで就職委員と委員長を15年ほど経験している。ただ大学の教員が「ふつう」の感性をもっているならば、いまや学生がどのように就職を考え、それを実行し、学生たちがその後どのような生活を送っているのか、考えないでいることは難しいだろう。学生をみればいまここにある危機が見える(同時に希望も)。

 本書は僕の『偏差値40から良い会社に入る方法』と利用している言語(経済学と社会学の違いなど)は異なるが、語っていることは驚くほど似ている。

 例えばあまたある就職本の特徴でもあり、業者のレクチャーなどでおなじみの『自己分析」「自己実現」的なシナリオに、宮台さんも僕も批判的だ。そして相手の意図を理解すること、あるいは企業を知ることの方が、コミュニケーション能力を高める点でも重要であることを強調していることでも共通する。

 また日本の企業=社会が生み出す、仕事=人生となってしまい、それ以外に選択肢が考えられなくなってしまう過剰適応にも宮台さんは批判的である(この点は偏差値本でも書いたが、僕のサラリーマン本とも共鳴する)。

 と同時に「社会関係資本」に注目し、社会の紐帯を重視するところ(もちろんこれが場合によっては「暴力」にも転じる危険性もあること…僕のサラリーマン本を日本型サラリーマン万歳と解釈している人はこの側面を読み落としている)を、強調していることも、僕は賛成である。

 日本のサラリーマン社会の特徴―年功序列や長期雇用ーは必ずしも非合理的なものではないし、また他方でそれがうまく機能する条件ー忠誠心の果たす機能=社会関係資本の重要な側面ーを重視しているのも頷ける。そしてここがキーポイントだが、だからといってなにも宮台さんも僕も日本の企業社会が万々歳といっているわけではない(多くの誤読はここに生まれるだろう)。むしろ忠誠心は、暴力やものすごい制約にもなりうる。

 例えば仕事どころか日常までも会社の生活に影響されてルーティン化(自動化した反復)をしてしまう。こんなルーティン化した態度は、いまの経済環境の変化に適応できず、自分の「ホームグランド」の構築に失敗する。言い換えると、特定の企業の考え方や慣習に、自分の社会的アイデンティティを見出す人は、現状の経済環境の変化の中で、むしろ「社会的に排除」(宮台さんはこの言葉は使っていないが)される。

「だとすれば、働く人間たちは、自分の力で社会の中にホームベースを作っていくしかないと思います。それは家族かもしれないし地域かもしれないし、趣味のサークルかもしれなし、何か別なものかもしれません。先験的には言えないものです」(77頁)。

 企業が従来提供していた社会関係資本が毀損してしまい、企業という疑似共同体に自分の社会的アイデンティティを見出していた人たちは「社会的に排除」されてしまう。なので企業の外にそのような社会関係資本を生み出す共同体に、社会の紐帯を見出そう、というのが宮台さんの主張だろう。

 「であれば、一見したところ典型家族とかけ離れていても、長らく近しくあり続ける近接的共同体のうち、とりわけ「成人の感情的回復」機能と「子供の一次的社会化」機能を担うユニットなら、家族と見なすことが大切です。今後は変形家族こそが大切になります」(98頁)。

 実は僕もここでいう意味での「家族」重視の政策をとるべきだと思っている。例えば、ヘックマン(ノーベル経済学賞受賞者)が提唱しているような幼稚園(実際に当該年齢層をすべて含むので「子供園」とでもしたほうがいいかもしれないが)の義務化である。3歳児から小学校入学までも義務化して公的な援助を行う、という政策もこのような「家族」重視政策とみなせる。

 本書の後半は以上の一般論に基づく、より実践的な就職への取り組み方が紹介されている。何度も恐縮だが、これまた面白いほど拙著と似ている。違いももちろんあるのだが、それは読者が両方を読んでいただき、さらにこのブログでも何度もでてきている海老原嗣生さんの一連の本とも参照していけば、かなり濃い就職市場の理解につながるはずだ。

宮台教授の就活原論

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