岩田規久男『デフレと超円高』

 今週水曜日(3月2日)に行われた『デフレと超円高』刊行を記念した講演会は盛況であり、また刺激的な内容であった。例えば第二部の岩田規久男先生と若田部昌澄さん、鈴木亘さんの三人に、飯田泰之さんが司会をつとめた鼎談は興味深い内容だったろう。

 例えば、そこではベストセラーになった藻谷浩介氏の『デフレの正体』をめぐって簡単な議論も行われた。藻谷氏による人口減少デフレ説にはいままで1)人口変化率と物価とは無相関、2)藻谷氏はデフレを単なる個別価格としてとらえていて定義ミス という本質的な批判が加えられていた。

 これらの批判に加えて、今回の鼎談では、3)人口減少は総供給の減少をもたらし、むしろインフレ要因ではないか、4)人口減少が総需要を減らすのではなく、潤沢な社会保障制度のおかげで貯蓄を吐き出し消費することを高齢者層がしないために総需要が低下するかもしれない、という社会保障制度効果 などが紹介された。これらの論点は今後面白い検討対象になるだろう。最も僕はすでに1)と2)で勝負あったわけで、おそらく多くの人はあの本の根幹部分ではなく、そのほかの枝葉末節部分の説得性に酔いしれているのかもしれない。

 さて『デフレと超円高』であるが、その講演会でも後半の鼎談でも話題になった財政再建とのからみにこのエントリーはしぼろうと思う。

 本書では、まず「財政破綻」を「政府債務残高のGDP比の上昇が止まらない」ものとして定義している。これが止まらないケースは、1)基礎的収支のGDP比、2)名目金利と名目成長率の差 に依存する(ドーマー命題)。後者は前者が一定のとき、名目金利>名目成長率のときに政府債務残高・GDP比は発散、名目金利<名目成長率のときに収束する。

 日本は現状でこのドーマー命題からいうと、名目成長率はゼロ、名目利子率(コールレートではない、どの指標か議論があるが10年物国債金利とする)も低いので、まさに「財政破綻」の懸念が大きいことになる。

 もちろん基礎的収支が黒字であれば名目金利>名目成長率でも発散しないが、いま基礎的収支も赤字である。

 さてでは「財政破綻」回避の処方箋はふたつである。基礎的収支の黒字化、もしくは名目金利<名目成長率にすることである。前者を実現するには、歳出削減か増税である。または両者。しかし岩田先生は不況のときにこれを行えば景気が悪化してかえって税収が減ると指摘している。これは鼎談参加者全員の総意であったろう。

 いま名目成長率を上昇させる政策をとると、1)名目金利も上昇するが名目成長率ほど上がらない、2)名目成長率が増加すれば税収が増え、それによって基礎的収支が改善される、という関係が推測できるという。

 岩田先生はインフレ目標として3%±1をあげている。特にしばらくは4%が好ましいというリフレ過程を支持している。そうすると税収はおそらく毎年2%ほど増加する。鈴木亘氏はこれから社会保障関係などが1.4%ほど増加していくいとするが、それを十分に補えるほどだ(この数値ちょっと記憶あいまい。誰か覚えてたらTwitterで示唆歓迎)。

 つまりインフレ目標による名目成長率の増加(年率4〜5%)によって財政再建のかなりな部分が補える可能性があるというのだ。

 さらにもしこれでも財政再建に不確実性が伴うのならば、名目成長率を引き上げて景気を回復するとともに、政府は歳出削減と増税の作業工程にコミットしてもいい、と岩田先生は書いている。これで財政規律が保たれ、「悪い金利上昇」など日銀の長期国債の大量購入のデメリットが縮減されると指摘している。

 もちろん当たり前だが、ともかく名目成長率を上げることが最優先であり、財政再建の前提であること言うを俟たない。

デフレと超円高 (講談社現代新書)

デフレと超円高 (講談社現代新書)