いわゆる「スタグフレーション」仮説雑感

 Twitterに書いたものを少し修正したもの

 浜田宏一先生と岡田靖さんの共著論文を利用して、例えば岩田規久男先生のように日本の輸出産業の国際競争力を交易条件÷実質実効為替レートとする(岩田規久男『国際金融論入門 新版』参照)。交易条件はリーマンショック後一時改善したが、いま現在は緩やかに悪化している。

 08年前半に石油が急騰して交易条件が急激に悪化したほどではないが、これからリビア要因など不確実性が大きい。実質実効為替レート指数は(日本だけデフレ趨勢というバイアスを無視すれば)、この水準も上昇傾向にある(直近はやや低下)。その水準はリーマンショック発生当初と同じくらい。

 交易条件の緩やかな悪化+実質実効為替レート指数の上昇 といういわゆる「過度な円高」がかさなることで、日本の輸出企業や輸入関連企業の収益性が大きく低下していく。

 これからだが、実質実効為替レート指数はやや下がったが(水準自体は先に書いたようにリーマンショック後の急激な円高と同じくらい)、交易条件にはリビア要因など悪化にむけての不確定性が大きい。

 この環境の中で、日本にできることは、実質実効為替レート指数をさらに押し下げていくことが必要で、それはデフレから脱出することとイコールである。交易条件の悪化懸念があるならば、日本にできるのは金融政策をより積極的に適用することで、日本の「国際競争力」を向上させておくことが望ましい。

 日本の「国際競争力」が高まれば、輸出産業、輸入関連産業はより多くの国内からの雇用を確保することになる。例えば「過度な円高」を是正するだけで、おそらく失業率は3%台前半まで低下するだろう。そして若年層の失業率を大幅に改善することができる。

 上記の我々の見解をとりあえずおさえておいてほしい。その上で最近ちょっと目にするようになった「スタグフレーション」(インフレと停滞)仮説について考える。

 例えばいま二種類の「スタグフレーション」論があるようだ。ひとつは資源価格高騰で「インフレ」になって同時に高失業率のまま経済は停滞しているというものである。これはいわばインフレデフレをどう定義しているかという問題(CPIをコアでみるかコアコアでみるかという程度)であり、露骨に「インフレ=悪」というイメージ操作をともなっている。

 もうひとつは、池尾和人氏のhttp://news.livedoor.com/article/detail/5355556/にあるように、社会保障制度や政治的要因で高齢者が実質所得の低下を受け入れずにその現状維持を求めるという構造的なスタグフレーション仮説である。

 この池尾氏の構造仮説では、例えば今後、リビア要因などで資源価格が高騰し、交易条件が悪化し続ければ、われわれは現状からその生活水準の悪化を甘受しなければならず、それに抵抗することは(抵抗できない層を犠牲にすることで)インフレと停滞をもたらすということになる。

 この構造的スタグフレーションを回避するには、当面はすべての層が耐えることが必要であり、またより本格的な対処方法は老人の抵抗を支持する社会保障制度や政治状況の変更である。例えば年金は実質的に低下を甘受するようにし、高齢層を支持する政党が地盤沈下をおこすことなどが抜本対策だ

 それに対し、我々の方はどうだろうか? 確かに交易条件がどんどん悪化すればわれわれの生活はより貧しくなる。しかし現状では日本のマクロ経済政策を実行すれば、われわれの生活の悪化をかなり防ぐことができる。金融政策により「過度の円高」を予防することで、若者の雇用が回復し、また国内経済もよりましになるだろう。

 この金融政策の積極的な援用をしないまま、交易条件の持続的な悪化+円高の推移を甘受してしまい、構造的な改革(さきほどの老人を保護する社会保障改革や政治制度の変化)に注目を集めてしまうことは、わざわざ改善の余地を自ら放棄することに等しい。

 日本銀行のスタンスを変化させることだけで得るものは僕らの想像以上に大きく、また変化させないことによる損失は想像以上の大きい。それが交易条件の悪化が予想を超えて進行したとしてもあてはまることである。