若田部昌澄「インフルエンザと経済学」

 『Voice』7月号を頂く。ありがとうございます。もう7月ですか。いろいろ焦ります。

 今回の若田部さんの連載は、人間が直面する基本的な問題であるトレードオフに焦点をあてて、今般の新型インフルエンザ対策、パンデミック対策における優先順位を考察した興味深いものです。

 タイラー・コーウェンが新型インフルエンザ対策に注目して、新型のワクチン製造が季節性のものへのワクチン製造との生産面でのトレードオフに直面していることなど、特に誰に優先的にワクチンなどを配布するかという問題もあるのではないか? と問題を提起しました。彼のひとつの結論は、平均余命の長い「健康な若者」を優先すべき、という見方だったそうです(これを書いている段階で読んでないのであとでみてみますが→リンク先はこれでいいのでしょうか?http://www.marginalrevolution.com/marginalrevolution/2005/11/my_avian_flu_po.html)。この点はもちろん議論を呼ぶでしょうね。


 例えばいま沈没しそうな船があるとして、その沈没船に乗っている人たちが誰を優先して避難させるか、という問題と似ています。この点についてはhicksianさんが面白い論文を前に紹介していましたね。

http://d.hatena.ne.jp/Hicksian/20090202#p1

タイタニック号沈没の生存者データを利用して利他主義あるいは社会規範(=「女性と子どもを優先しろ!!」)がどれだけ人の行動を方向付けているのかを調査した論文。生死がかかった危機的な状況においてでさえも*1人は利他的に行動する(あるいは社会規範に従って行動する)、というようにも解釈できるだろうけれども、一方で生死がかかった危機的な状況だからこそ*2人は利他的に行動する(あるいは社会規範に従って行動する)というようにも解釈できるかもしれない。というのも論文のpp.7〜8で、

We may observe in general a higher level of helping behaviour due to the situation of a common threat that may generate a “we-feelings”and as a consequence a concern for the welfare of others (Worman 1979). In other words closeness is strongly correlated with helping behaviour (Amato 1990) and being involved together in external shock may induce closeness.

と書かれているように*3、またhelping behaviourを支える社会規範の背後には「利己的な遺伝子」が暗躍(?)しているとするならば、まさに生死がかかった危機的な状況だからこそ"women and children first"という社会規範が強く働く、ということになるのかもしれない。


 コーウェンの議論はたぶん政策資源を割り振る主体(新型用ワクチンの配布主体や、沈没船で誰を避難させるか決めている人たちなど)に、「利己的な遺伝子」を想定して議論しているとみなしてもいいのではないでしょうか。この仮想的なパンデミックのケースや、タイタニックのケースのような、危機的でなおかつ資源制約に(コルナイの意味で)ハードすぎるほど直面している環境を考えていくと、社会政策の基礎を考える重要な論点が明らかになるように思えてきます。

 この問題はまた改めて考えていきたいと思います。