聖☆危機的なおにいさん(たち)

 お姉さんもいるかもしれませんが。クリスマスイブの贈り物です。サンタではなくただのおっさんからですみませんが。最近、このブログでふれてきたネタの数々をまとめて短文にしました。どこかの雑誌にブラッシュアップして掲載されるかもしれないのでそのときは削除(そのあとしばらくして復活予定)。

*世界同時不況をめぐる「危機的状況」

 田中秀臣

 経済的危機は、危機的な経済学者(やエコノミスト、知識人など)をも生み出す。今回の「100年に一度」と形容される世界同時不況にあっては、その危機的な経済学者たちの発言もまた「100年に一度」の水準かもしれない。もちろんここでいう危機的な経済学者などの「危機的」という修辞は、彼らの発言の破綻状況を指し示している。この論説では、簡単ではあるが、最近目についた、世界同時不況をめぐるいくつかの「危機的状況」を検証していこう。

(1)日本は先進国の中で金融危機(あるいは世界同時不況)の影響を受けていないほうである

 確かに銀行などの保有する不良債権の残高をみればそんな発言もしたくなるだろう。投資銀行業が壊滅したり、銀行取付が生じた欧米に比べると、日本の金融システムはみかけはましにみえる。しかしIMFが報告した最新の経済統計を見ておこう(http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2008/02/pdf/tables.pdf)。すると
2007年からの最も経済的な落込みを経験したのは日本であった。例えば先進各国の2007年から2008年(推定値)の実質経済成長率を見ておこう。すると米国は実質成長率が2.0%から1.6%へ減少、ユーロ圏が2.6%から1.3%へ減少している。またイギリスなどのその他の経済圏は3.9%から2.2%へ減少である。他方で、日本は2.1%から0.7%となり、一番減少率が大きくなっている。最新の情報では来年度は先進国で日本だけが0%、場合によってはマイナス成長である。
 ではなぜ日本の落込みが先進国の中で最も大きいのだろうか。高橋洋一東洋大学教授)は、『この金融政策が日本経済を救う』(2008年、光文社)の中で、日本が欧米に比べていち早く不況入りしていたのは、日本銀行が2006年にそれまでのゼロ金利量的緩和政策を放棄し、利上げをしたために経済が後退したのだと指摘している。確かに内閣府の公表している景気動向指数をみると、日本銀行の金融引き締めへの転換と景気の転換点が見事に重なる。景気動向指数の一致指数でみると、2007年半ばがちょうど景気の転換点である。これは金融政策が一年ほどのラグをおいて効果が現れることに対応している、と高橋は指摘している(ブロガーの矢野浩一や私もインターネット上のブログでそのような意見を表明している)。
 また産業別でみても、今回の金融危機によって海外の投資家が資金を引き上げたことで、不動産業や建設業はかなりなショックを受けた。しかしすでにマンションの需要の低迷は2006年暮れから本格化しており、この金融危機は顕在化してきた07年春以前の出来事であった。新築マンションの販売などの低迷は、金利上昇やまた銀行の融資規制、改正建築基準法の適用などの日本産の要因で生まれている。現時点では、ほぼ国内の全産業が不況に直面しているが、これはすでに日本独自の原因(日本銀行の金融引締めによる不況局面入り)が先行して存在し、それに世界同時不況が重くのしかかった「二段階の不況」といえるだろう。

(2)欧米よりもまともなので円高になり、国力があがり日本が勝ち残るチャンスも生まれる

 報道などでは円高によってホンダやトヨタなどの自動車産業は大幅な赤字を経常し、非正規雇用の「雇い止め」などリストラも大胆にすすんでいる。経営陣の発言では過去に類をみない危機的状況だという。80円台後半までつけている円高が、日本の代表的産業を苦境に立たせているのに、なんで国力があがり、円高が望ましいのか、まったくわからない。円高が企業を淘汰し、過当競争をふせいで、経済効率をあげる、という見かたがある(これを清算主義と呼ぶ)が、この自動車産業の例をみてもわかるように、超優良企業が、その国際的に定評のあるすぐれた技術や販売力で評価されずに、予期せざる為替レートの変動だけで窮地に追い込まれるとしたら、いったい何を理由に淘汰がいいというのだろうか? この種の清算主義は、不況に直面したときにしばしば世上で話題になる皮相な考えである。

(3)完全失業率はそれほど増加していない

 さらに清算主義は労働者の失業を軽視する点でも問題である。今回の不況はふつうの不況ではなく、さすがに日本だけに限ってみても最悪のものになるだろう。特にはっきりしていくのが完全失業率の高まりであろう。現時点では、派遣労働者の「雇い止め」などが問題になったり、内定取り消しなども話題になっている。
ただもともと不況のときには、非正規労働者を一時的にリストラすることで、正社員を「保護」してきたのが、日本の雇用システムの特徴でもあったはずだ。つまり非正規労働者は衝撃へのバッファーとして利用されてきたのだ。そうするといまの段階では、この日本型雇用システムの冷厳な法則が適切に(!)機能しているともいえるのである(もちろん失職者への対処が必要であることは言をまたない)。しかも従来では、この一時的にリストラされた人たちの大半は「求職意欲喪失者」となり、労働市場から退出してしまった。この人たちは完全失業率などの算出基礎にはならないので、日本のみかけの失業率を低く抑えることに貢献してきた(全部雇用とも「求職意欲喪失効果」とも表現されている)。
 総務省労働力調査によると、10月の完全失業率は前月を0.3ポイント下回る3.7%であった。しかし総務省は「求職活動をしていない非労働力人口が増えたことが要因とみられ、改善とはいえない」とコメントした。確かに、非労働力人口の増加は、前月から20万人の増加をみせている。しかし「求職意欲喪失効果」が大きく働く経済構造を考えると、完全失業率の低下は、他方でこの求職意欲喪失効果がレバレッジを効かせたとみていいだろう。
 なお前月比の労働力人口比率を年齢階層別にみてみると、この求職意欲喪失効果が直近では高齢者よりも15歳から24歳までの若年層において特に顕著になっていることがわかる。これが滞積していくことで、いわゆる「ニート」の増加という誤った印象評価がまたもや行なわれていくのだろう。しかしその実態は若者の意欲喪失という自己責任によるものではなく、景気の悪化にともなう競争というゲームからの強制的な(一時)退出である。

(4) アメリカドルが基軸通貨であることは終り、欧州や新興国の時代になる

世界金融危機の対処を議論したG20(金融サミット)では、例えば新聞の一面には、各国首脳がひな壇に並んで、G20の中で新興国の台頭に注目する記事が多かった。従来の間口の狭い先進国サミットに代替して、中国などの新興国が発言力を増していく、という見方もでた。そしてドル基軸通貨の終焉、アメリカの覇権の終りも重ねる人が多い。
 ところで私がこれらの報道を読みながら思ったことは、欧州(ユーロ圏と北欧・東欧)の衰退と新興国の遅れであった。例えばユーロ圏はECBの利下げ転換とその継続の見込みからユーロは下落傾向にあるといっていい。金融危機でアメリカに匹敵する規模で金融システムが痛んでいることが明白なことに加えて、(日本と同様に)利下げならぬ利上げスタンスを放棄しきれず、大胆な緩和措置を行うことができていなかった。むしろ利上げスタンスが日本と同様にユーロ圏の不況入りを早めていた。今回のG20で、欧州は必死な調整役をしたのならばそれはユーロ圏の経済的ダメージの深さとユーロ圏独自の制度的対応に限界が来ていることのなによりの象徴であろう。その意味では一部でいわれているようにドル基軸通貨の終焉ではまったくなく、それに代ると目されているユーロの「基軸通貨候補終焉」ともいえる事態ではないだろうか? 
 さらに新興国経済の台頭も微妙である。確かに新興経済からアメリカへの資金の流入を現象面では見せている。中国や産油国が世界に不足しているお金をつぎこみ、それが今後の世界の「実力」の構図であるかのようなイメージ的もわかりやすい。しかしこれはすでに多くの論者が指摘しているように新興経済圏が自国に十分な投資機会が見出せないことの半面でしかない。
 アメリカ経済よりもこれら新興経済圏が今回の金融危機を契機にして世界経済でその「実力」に見合った発言権を得たというのは政治的な現象としてはある程度いえるかもしれないが、その過大評価は禁物である。これらの新興経済圏がアメリカ経済以上の投資機会を得ているかといえば現状において事態はまったく逆であろう。
 これも各国と米国との為替レートをみれば明らかになる。例え新興経済圏ほかの通貨に対して明らかにドル高・新興経済国通貨安がすすんでいる。これは金融危機が深刻化してからさらにアメリカへの資金還流に勢いがついていることの証左である。なにも善意で将来的に衰退決定な国に投資する資本家は存在しないだろう。仮に金融危機以降にドル高(対円以外)が新興経済圏に対して加速化しているということは、金融危機を契機として新興経済圏から資金が引き上げられ、アメリカや日本にその運用先が大きくシフトしていることを意味している。
 したがってその資金の流れだけをみれば新興経済圏こそ投資機会開拓の「遅れ」が顕在化し「バブル」が崩壊し、やがてその濃淡はあるにせよ、次第に不況色を強めていくことになるのではないか。G20への新興国の参加は新しいリーダーやオーナー候補の出席ではなく、むしろ実態的には各国の金融危機による深刻度を表現しているぐらいに捉えたほうがいいのではないだろうか? 

(5) 利上げしないと年金生活者の生活が脅かされる

 ゼロ金利が日本でも欧米でも接近してきて、ゼロ金利は預金収入を減らすことで消費を抑制し、景気を悪化させるとしたり、または年金生活者を困窮させる、という主張をよくみかける。政治家でもこの種の発言をする人物がいて驚く。
さてもし預金の利子がゼロ%から上って年率1%としよう。貯金を100万円もっている人は、1万円を得ることができる。1000万円の貯金の人は10万円、1億円の貯金の人が100万円だ。まあ、1億円ぐらいの貯金をもっていると預金の利子がゼロみたいなことになると「深刻」そうにみえる。
しかしよく考えてほしい。あなたはこの1億円も預貯金をもっている人たちの「生活を脅かさない」ために利上げを、不況の中ですべきなのだろうか。それとも職を失い明日をもしれない無数の失業者のために利下げをするべきか? こういうのは私には常識の問題でしかないように思える。 
しかも年金は、現役世代からの所得移転である。若い頃に積み立てたものを現在年金で受給しているわけではない。現役世代の生活を困窮させて、どうして年金生活者が楽になるんだろうか? 例えば現役世代のときに少しも蓄えができなかった人が、いまの現役世代からの所得移転をちゃんと受けられなくなるほうが、本当の意味での年金生活者の暮らしを脅かすのではないだろうか。

 世界同時不況は深刻な危機である。しかしいつの時代も、最も恐ろしいのは人々の合理性を見失った心の危機である。

聖☆おにいさん (2) (モーニングKC)

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