福田政権の静かな革命(候補)


以前、一回草稿を掲載したものですが。完成稿をここに。どこかに寄稿したもの。


 自衛隊のインド洋給油問題や防衛省にかかわる論戦や、消費税増税を含む財政再建派の巻き返しなどが、いまの福田政権の政策イメージを決めている。今後、経済政策の面では日本銀行総裁の選出などの人事案件をどう野党と調整していくかが大きな問題となろう。しかし最近、海外のエコノミストたちが福田政権に政治的にリスクがほとんどなく、その上に即効性も期待できる「静かな革命」の手段を教えてくれた。ディビッド・ワインシュタイン(コロンビア大学教授)とクリスティアン・ボルダ(シカゴ大学准教授)のふたりが書いた論文「日本における物価安定の定義:アメリカからの一視点」での提案である。
 ワインシュタインたちは日本の現状のCPI(消費者物価指数)を現行のアメリカでの統計手法を用いて再定義すると、甚だしく上方バイアスが存在していることを明らかにしている。彼らの修正した物価指数と日本のCPIを比較すると年1.8%もの開きがあるという。つまりアメリカ流の統計手法からみると、日本銀行が「物価安定」を目指すためには、現在のCPIを用いたままでは少なくとも1.8%のインフレ率を実現する必要になってしまう。
 日本銀行は現状ではこの種の上方バイアスの存在を否定している。日銀の「物価安定」と上方バイアスに関する公式見解をいまさらだが引用しておこう。
 「「物価の安定」とは、概念的には、計測誤差(バイアス)のない物価指数でみて変化率がゼロ%の状態である。現状、わが国の消費者物価指数のバイアスは大きくないとみられる。物価下落と景気悪化の悪循環の可能性がある場合には、それを考慮する程度に応じて、若干の物価上昇を許容したとしても、金融政策運営において「物価の安定」と理解する範囲内にあると考えられる。」
 しかし、ワインシュタインらは、ボスキンレポートの経験から米国のCPIにはふたつの主要なバイアス(代替効果バイアス、品質調整バイアス)が存在することを指摘し、米国の統計手法を日本にあてはめれば同様のバイアスが日本の方がより顕著に見られること(その開きが先の1.8%)を指摘している。簡単にいうと日銀が金利上げ政策のベースにしているCPIは表向きはインフレであっても、1999年から20006年にかけては日本の公式統計の倍以上の深刻なデフレであり、また現状の日銀文学による「ゼロ近傍」などはまさにデフレにどっぷりの状態であることを示す。もちろんこの計測バイアスを無視した日本の金利上げ政策がさらなるデフレ圧力をもたらすことは容易であろう。
 しかもこのワインシュタインらの論文の辛らつなところは、統計局の物価指数の説明があまりにも玉虫色で矛盾する記述が多すぎること、統計調査官が専門的教育受けてもいない、と日本銀行のみならず現状の日本政府の不備にも注目していることである。
 ただ日本においても日本銀行の政策に批判的なエコノミストたちは、ボスキンレポートの問題提起をうけて、上方バイアスの存在はしつこいほど強調されていた。また現状が事実上のデフレの継続であることは、日本銀行が何を抗弁しようがある意味で自明である。しかし、従来から日銀とそのシンパをなすエコノミストたちはこの種のバイアス論争を枝葉末節だと切り捨てていた。0.25%の利上げを行う世界で、2%に近い計測バイアスがなんで「枝葉末節」なのか、いまだに理解に苦しむ。
 ワインシュタインらはこの統計の不備を日本の官僚に質問したという。その答えは予算不足であった。この情けない答えは逆にワインシュタインらを鼓舞したようだ。なぜならもし予算以外に障害がないならば、この上方バイアスを正すことで、(物価にインデックス化されている)年金への支出が70兆円近くも大幅に「削減」することが可能になるからだ。また日本の金融政策にも大きな変更をせまるだろう。地味な福田首相にふさわしい「静かな革命」は、少なくともアメリカ並みにCPIを改訂することではないだろうか。


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