日経ビジネス文庫版:竹森俊平『経済論戦は甦る』


 日本のデフレ停滞期の経済論戦に金字塔のように輝く著作が、東洋経済の単行本版から日経ビジネス文庫版で復活していた。いまでもまったく色あせない内容は再読、再々読に耐えるものである。今回の文庫版には昨年11月に書かれたあとがきが追加されている。これは竹森先生の『世界デフレは三度来る』以後の時論を集約しているともいえる。


経済論戦は甦る (日経ビジネス人文庫)

経済論戦は甦る (日経ビジネス人文庫)


 ところで本書のすべてがいまでも参考に値すると書いたが、特に財政危機、清算主義(創造的破壊=不況はイノヴェーションの原動力)への批判としてのカバレロ・ハマーモデルでの反論といった箇所は特に読む価値があるだろう。もちろん本書刊行後に、前者の論点であればワインシュタインらの論文、後者ではカバレロ・ハマーらの新論文などがより議論を深めている。さらに清算主義そのものの理解も格段に進んだ。


 文庫版のあとがきでは、本書初出時における問題意識=小泉政権の不況下での構造改革批判 を再検証している。

1 03年の景気回復には国際的要因が貢献していること(米国のITバブル崩壊後の果敢なFRBによる財政金融刺激策の採用が、米国の輸出増から日本の景気にも貢献した)
  これは清算主義への反証でもある。

2 03年の33兆円の史上最大規模の為替介入は「構造改革」だったか? 小泉首相自身が当時の財務官溝口善兵衛氏に事実上の支持を与えていたと竹森氏は解釈。その意味では小泉前首相も構造改革は不況下では進まず、景気回復が構造改革を促すという竹森氏と異なることない見解をもっていたかもしれない*1


3 この文庫版あとがきにはラリー・スベンソンによるデフレ脱出の簡単な説明が紹介されている。その上で03年の為替介入の評価を行っている。竹森氏は事実上スベンソン案を当事者の意図はどうあれ事実上採用した結果、今日のデフレ脱却局面にある、と認識している。


4 竹中平蔵財政・金融担当相の「金融再生プログラム」など不良債権関連への評価(具体的には03年5月の連休明けでの危機の終息、つまりその時期以降なぜ株価が大きく反転したか?という問題)。


  4−1 日銀の株式簿価買取の「量的緩和政策」を評価

  4−2 03年5月中旬における「りそなグループ」への公的資金の導入。これは既存株主への減資を伴わないという意味で、モラルハザードを生むが、銀行株の魅力を高めた*2。この政策の景気効果は目覚しかった。

  4−3 03年春の主要銀行の2兆円の大増資が、主要行が自己資本現減少を心配せずに、大胆な不良債権処理を確実なものにした。だがこれはGW前に日本経済のメルトダウンに貢献してもいた(竹森氏はこれを小泉政権最大の危機と表現)


 竹森氏は「金融再生プログラム」の景気回復への貢献の評価は不安定である、としている。この文庫版のあとがきでは紙数も限られているのだろうが、4−1は唐突にでてくる話であり、これを「量的緩和政策」とイコールに置くのは奇妙に思える。4−2については()内にも書いたが、非効率的な貸し手の無条件救済というある意味での「ケインズ」的発想の有効性が確認されているともいえる。この点はより野口旭さんの諸著作が参考されるべきだろう。4−3については少なくともメルトダウンへの貢献しか本書からは伝わらない。素の事実認定としてこれが景気改善への「原因」というには無理がないだろうか? 

 この文庫版あとがきは03年の政策をスベンソン案の実現であることなどを含め、安達さんの『円の足枷』とやはり対比させると興味深い。これは『世界デフレは三度来る』と『脱デフレの経済分析』がやはり対比をなし議論を深めたのに似ているだろう。

*1:しかしこの解釈はどうだろうか? 小泉前首相が02年のジェノバサミットで発言した「景気が良くなると構造改革をしなくなる」といった趣旨の発言と明らかに矛盾する。あるいはこの面での首尾一貫性を期待すること自体間違いなのかもしれないが

*2:野口旭さん他の見解では、この非効率的な銀行の救済が銀行株を中心とした5月株価反転への契機になっているとしている