ヒラリー・クリントンの書簡と世界同時株安


 マンキュー先生のブログ経由


 最近、このブログでも取り上げている大統領選挙ネタですが、クリントンに経済政策はない! とか書いたばかりで、こんなはっきりとした中国・日本犯人説を披露するとは 笑。


http://clinton.senate.gov/news/statements/details.cfm?id=269895&&s

 <But if China or Japan made a decision to decrease their massive holdings of U.S. dollars, there could be a currency crisis and the U.S. would have to raise interest rates and invite conditions for a recession. While it can and will be debated whether yesterday's market disruption was just a blip or a larger indicator of our economy's vulnerabilities, it is clear that interdependence between our economy and that of other nations can pose a risk if we do not pursue smart policies. Precipitous decisions by any country with our debt could create much graver economic problems than what we saw yesterday. The writing may not be on the wall, but yesterday, the writing was on the Big Board. >


 世界同時株安は日本と中国が犯人だったのか(笑)。仮にそうだとすると日本銀行の利上げによる「円キャリトレード」の将来的な縮小予見、中国の不動産取引に象徴されるような内需拡大政策への転換予見といったいくつかの「予見」というか「予測」ぐらいしかクリントンが念頭においているものを考えることができません。まあ、ここらへんの世界同時株安のスターターとしてクリントンがなにを想定しているかは妄想の域を出ませんので以下省略しますが。


 むしろ問題なのは、クリントンの書簡に書いてあるように、中国・日本が米国債を売却する(と市場が予見する)ことで、米国のいわゆる膨大な経常収支赤字がドル暴落をもたらしてしまうのか否か、という「維持可能性(サステナビリティ)問題」を、クリントンがこの世界同時株安の文脈で持ち出していることです。以下少しこの問題について考えてみたいと思います。


 安達誠司さんの『円の足枷』にも書いてありますが(詳細は同書の141〜2頁のすばらしく簡潔な説明を参照ください)、「「サステナビリティ問題」の要諦は、アメリカの名目成長率が長期名目金利を上回っていれば、アメリカは対外債務の利払いは可能であり、対外債務の対GDP比は「発散」(雪だるま式に膨張)することなく、ある一定水準に収斂していくことから、経済の破綻は回避できるというものである」(同書141頁)。


円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋

円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋


 で、この維持可能性条件は安達さんの本にも詳細に説明されていますが、いまの米国はこれをかなりの余裕で満たしています。そのキーは長期金利の低位安定にあります。なぜこれが低位安定かは、詳しくは安達さんの本を読んでいただきたいのですが、米国の経常収支赤字のファイナンスを日本・中国をはじめ新興経済圏などが担っているからに他なりません(これは「グローバル貯蓄過剰」として拙著『ベン・バーナンキ』にも言及しています)。

ーーー(以下まだ書きかけ。あとで修正・付加あり)−−−


 この諸外国による事実上の「双子の赤字ファイナンスによる長期金利の低位安定現象は、いくつもの興味深い現象を引き起こしています。


 典型的にはジェームズ・ハミルトンが頻繁にご自身のブログで解説しておられるように、米国債の期間プレミアムの超低水準≒短期国債の利回りと長期国債の利回りとのマイナスのスプレッドの存在は、諸外国の米国債保有によってもたらされている、という指摘です。そしてこれらの利回り曲線の形状などから不況・好況の市場予測を行うことは現時点では困難になっているとも指摘しています。

 ここらへんの論点はバーナンキFRB議長も詳細に発言していて、ここなどで日本語で読むことができます。


 では、この長期金利の低位安定(すなわちマイナスのスプレッドの存在に典型的に示される現象)はこのたびの世界同時株安で不安定化したでしょうか? 答えはノーです。これもハミルトンたちのブログで言及されている図がありますが、世界同時株安のスタート地点ではマイナス幅がより深化しています。

http://www.econbrowser.com/archives/2007/02/feb27fig6.gif


 もし日本や中国による米国債保有減少の予測が生じているとするならば(その他の条件を一定とすると)このマイナス幅はたぶん縮小しているでしょう。


 で、クリントン書簡は、(日本と中国政府ではなくw)FRB財務省宛にかかれてますので、具体的な政策はかかれてませんが、FRBには名目成長率の維持を、財務省には財政再建策を、というまさにマンキュー先生いうところの90年代初期のクリントン政権の政策割当の再現を狙ったものかもしれません。問題はあまりその正しい政策割当の口実に、日本や中国を引き合いにだして余計な重商主義的圧力を(特に中国に!)かけないでいただきたことです。この点はサマーズの警告ともからみます*1


 なにしろクリントノミックスヴァージョン1の裏面では重商主義圧力による「円高シンドローム」があったことは否定できませんし、それが今度のヴァージョン2(まだ実現にはかなり遠いのですが 笑)で「元高シンドローム」に転化することは世界経済にも深刻な悪影響をもたらすと思います。ここでも再び安達さんの新著が参照されるべきでしょう(なぜなら現状の事態を総合的に分析している現在でただひとつの本だからです)。


 ちなみに世界同時株安自体よりも、僕はそれを含めた様々なリスク(デフレの深化リスクも当然含む)に無頓着で、官僚的な打算で行動している亡国中銀の方が心配ですが…。

*1:なおサマーズの警告は波紋を引き起こし、大御所を交えた議論に発展しています http://blogs.ft.com/wolfforum/2007/02/history_holds_l.html#comment-61866468