中谷巌『マクロ経済学入門 第2版』の残念


 内容を20数年ぶりに全面改訂したこの名著。しかし……新版は類書をみれば足るようななんとも味気ないものになってしまいました。かのアカロフディケンズ・ペリーらのモデル(いわゆるADPモデル)を先駆したと山形浩生さんが『クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門』(春秋社)で評価した、「インフレ期待係数変動仮説」もまったく姿を見せません。この長期フィリップス曲線がその時間軸上では中期的な期間において垂直とは限らないという仮設は、ADPモデルと同じようにデフレやきわめて低いインフレ(例えばゼロ近傍)では失業率を高止まりさせてしまうことを示していて、経済的な含意ではきわめて興味深いものでした。まったく今回の削除は残念だといえるでしょう。その代わりに登場したインフレ・デフレのコストの記述もあまりに淡白ですし、他の章の記述も先に書いたように類書にあまたあるレベルのものであえて買う必要が認められません。確かに適応的期待に依存しているなど中谷モデルはアドホックな仮定がありましたが、ADPモデルと同様にむしろ実践的な側面で使えるものだけに、まったく理解に苦しみます。かりに中谷モデルが不十分ならばADPモデルの説明そのものに代えてもいいと思ったのですが。仕方が無いのでこれから中谷・ADP・山形モデルとして、略称NADPYとしてここで愛でていこうと思います。ちなみに貨幣数量説モデルの比喩としての山形・BUNTEN・暇人モデルというのもあってこれをYBHモデルと心の中で名づけています。それぞれそのうちここで時間あれば詳細に説明しなくてはいけないでしょうね。

マクロ経済学入門 (日経文庫)

マクロ経済学入門 (日経文庫)


 中谷氏の著作の中ではもっともこの10数年の日本の経験を照射するのに役立つモデルであっただけに、この新版の中に書かれた日本のデフレの経験への評価もいきおい不十分なものに思えてしまいます。残念ですね。