スティグリッツの制約されたグローバリズム


 数日前に紹介した原書があっという間に翻訳されて出ました。原書を購入した日に翻訳が出たのを知って愕然。これぞまさに情報の非対称性(というかただの無知w)。で、田中はいろんな経済学者から影響をこれでもうけているのですが(誰でもそうでしょうけど実際にはリアル世界で出会った人物が中心ですけども)、昨日のエントリーのフリードマンもそうですがこのスティグリッツからも影響を受けました。日本での啓蒙書は『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』が当時の小泉政権構造改革中央銀行のスタンスへの批判、さらには日本の奇妙なエコノミスト批判として活用できたためにとても有効でした。今回の新作でもいままでのスティグリッツの啓蒙書の基本的スタンスは不変です。

世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す

世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す


 それはワシントンコンセンサス(米国財務省IMF世界銀行などの米国の影響力の強い国際機関の市場原理主義的な政策のおしつけ)への批判が中心になっています。さらにこのワシントンコンセンサスは効率と平等のトレードオフを放棄し、もっぱら効率性の追求に専念することで経済発展が可能となり、その経済発展の恩恵は最終的に社会の成員全員がおこぼれに頂戴するというトリックルダウン理論に依拠したものであると指摘します。具体的な政策は開発途上国への貿易の自由化と資本市場の自由化の強制であり、小さな政府を実現し、規制緩和と民営化をすすめる、という「構造改革」的手法です。


 そして本書のワシントンコンセンサス批判の核になっているのが、このような開発戦略の決定や実行にともなう国際的機関のコーポレートガバナンスへの注目です。これらの開発戦略や貿易自由化・資本市場自由化あるいは地球温暖化などにかかわる国際的な経済的取り決めをなす仕組みがはなはだしく非民主的である(開発途上国の意見が反映されず、米国中心である)ということです。


 さてスティグリッツが効率性しか考慮しない立場を「市場原理主義的」と従来表現してきましたが、このワシントンコンセンサスに代わる立場として「第三の道」を提案しています。その立場は政府の役割を積極的に求めるものです。開発戦略において、物的・制度的なインフラを構築し、市場が円滑に機能できる諸条件を政府が似ない、また独占・寡占の弊害を防ぐために競争政策を採用すること。さらには経済的停滞の状況下で産業間の調整(高賃金部門から低賃金部門へ人的資源がスムーズにいかないのが一般的)が進む過程によって失業(この場合は事実上需要不足の失業が念頭にあるのでしょう)が深刻になれば政府が適切なマクロ経済政策で対応すること。多くの国ではこれがうまく実行されていない、すなわち総需要不足の状況の中で効率性を追求する産業間調整がすすむことで雇用の悪化が放置されること。この放置が問題であるとして、中央銀行の独立性への批判につながります、つまり物価の安定に傾斜して雇用の確保をおろそかにしているという論点です。これはスティグリッツが本書の日本語版序文で書いているように今日の日本銀行の政策批判にもつながるわけです。


 スティグリッツの政策的な成功例としては、80〜90年代央までの東アジアの産業政策的な事例、さらには現在の中国の経済発展があります。前者についてはその産業政策の特色が市場よりも政府が新産業を創出する点で優位なのではなく、既存のどの産業が優れいるかを政府が市場よりも知っている、という点に依拠しているようです(これは一般的な命題として成立しているかははなはだ疑問ですが)、さらに中国の経済発展の核を郷鎮企業の改革に求めていますが、これも好意的すぎる気がします。


 後半は、

1 貿易の自由化(アメリカ自体は保護貿易的(農業補助金非関税障壁の採用)なのに開発途上国には自由化をせまり不当な利益を米国は簒奪している、問題もあるが幼稚産業・幼稚経済促進策も採用すべき)

2 知的財産権(米国の特定利益集団知的財産権の強化を求めているがそれには反対、逆に開発途上国の研究意欲を促進するまために政府はイノヴェーション基金などの研究のインセンティブを市場に代わって提供する制度を構築すべき)

3 資源問題(特殊利益集団による資源の奪取と利権の強化が目にあまる→資源産業の透明化構想、公平な国際機関が証明書の発行・企業の選別・財政的援助・強制措置・武器売買の禁止などで積極的な役割をにない特殊利権集団と対抗する)

4 地球温暖化(米国の態度の批判 →共通税や削減目標の実現の提案など)

5 多国籍企業の貪欲

6 債務危機を助長するアメリカの貸しすぎ(最貧国の債務免除を、さらに国際破産法の整備などの制度面の改革など)

7「ドル大暴落」の危機(世界貨幣の導入を目指してこの種の国際通貨制度のリスクを軽減することを提唱)


などが書かれています。本書の主張を一言でいえば、資本主義の行き過ぎを民主化で抑制すること、ということでしょう。適切なマクロ経済政策、制度的なインフラの整備、競争政策の採用などは僕は異論はまったくありません。本書の後半をしめる上に列挙した個々の論点は多くの議論を呼んできたものです。ただし本書がグローバリズムの成果を完全否定するためだったり米国の「陰謀」をあばく論拠として利用されすぎないように願うばかりです。本書の基本的主張はあくまでも「第三の道」の希求であり、グローバリズム完全批判のためのアドバイスではなく(もちろんその反対にグローバリズム賛成のアドバイスでもありません)、制約されたグローバリズムというそのままでは論争が多い(つまり決着などまだまだ先の)論点提起の書にしかすぎないからです。