昨日のケインズ学会で午後のセッションで自分で言ったコメントについてざっとまとめ。簡単にいうと「70年代の高インフレ論争における小宮隆太郎氏の高評価は過大であり、他方で新保生二の業績が過小評価されてるのではないか」というもの。若田部さんが指摘したとおり、この70年代の教訓はまだ十分に研究されてないと思う。
若田部さんの「1970年代の経験を正しく学ぶ」ときに大切な観点は、1)期待の重要性、2)マネーの重要性、3)政策の制度的枠組みの重要性、という指摘は、この時代の日本の政策論争を理解する上でも重要。
日本の高いインフレ論争の主要メンバーは、私見では以下の四人が代表的。
新保生二、小宮隆太郎、塩野谷祐一、高須賀義博。その他に当時の政策当局(経済白書など)の考えも重要だけどだいたいコストプッシュ説に基づく。実は中谷巌氏の『マクロ経済学入門』の初版にあるモデルやら下村治氏やエコノミスト、篠原三代平氏ら他にも考えないといけない人が多いけど、とりあえず会場ではなぜかこの四人の名前がすっとでてきたのでそのまま「主要メンバー」化。笑。
上の若田部さんの三点からこれら四氏の主張の力点をまとめると
新保…1)〜3)すべての視点あり。3)は日銀問題
小宮…1)はなく、2)と3)。3)は日銀問題
塩野谷…3)を重視。交渉力モデル
高須賀…3)生産力格差モデルだが、実際には金本位制的な貨幣価値のアンカーが変動相場制になって不在になった不安定性を問題視していると思うので3)を重視。
という感じ。期待の重視が小宮氏にない。マネーコントロールの失敗としての日銀の在り方の問題。現状の期待をコントロールするリフレ派や現状の日銀とは異なる。むしろ新保の方は現代リフレ派につながるのではないか、というのが僕の問題意識。
報告者からのリジョインダーとして得た情報は、鈴木淑夫氏と小宮氏の共同作業の存在、齋藤誠一郎氏のインタビューに答えた小宮氏には期待要素の理解はあるがツールとして利用していたかは不明。
ここらへん70年代論争を新保、小宮に焦点をあててまとめるつもり。
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