梶谷懐『日本と中国、「脱近代」の誘惑』

 梶谷さんから頂戴しました。ありがとうございます。いい意味でも悪い意味でも梶谷さんらしい著作です。個人的には類似の中国経済・社会をテーマにした『「壁と卵」の現代中国論』の方がわかりやすい内容でした。今回のは、特に柄谷行人の思想を批判的に検討し、その「否定神学」的なものとして定義されている、柄谷の「アジア的なもの」の問題性をみていくという本書の書き出しは、本当に必要なのかな、とまず思いました。

 また日本と中国で「右派」と「左派」の位置づけが違うという指摘は参考になるのですが、実際にこの「右派」と「左派」の対立は、戦前の日本でも良く見られたもので現代中国独自というよりも僕にはなじみ深い世界に思えます(本書では批判的に扱われている松尾匡さんの『新しい左翼入門』はこの戦前の日本的対立にも丁寧にフォローがあります。それもあってか本書の松尾批判はあまり丁寧なものには思えませんでした)。ちなみに「左派」に属するのは戦前日本では福田徳三がそうですね。やや超越的にいえば、いまの現代中国はいろいろな意味で、戦前に石橋湛山が批判した意味での大国主義そのものです。

 あと経済分析では、梶谷さんの理論的考察の不足だといつも思いますが、リフレ政策の成果の意義(本書ではとってつけたような低評価でしかないでしょう)とそもそもなぜデフレ的現象が長期に続いたのか、その理由がやはりわかってないのだな、と実感する記述もありました。なので名目的価値に関わるような問題(為替レート、金融政策など)はとりあえず話題の外で、アセモルグらの命題(収奪的国家は成長制約される)の反証としての中国経済成長問題に視点が置かれています。

 この経済成長に焦点をあて、成長会計の分析から、中国ではイノベーションの貢献が大きいこと、それなのに制度的な歪みのため、その果実の分配・再分配がおかしいことが問題視されています。ここでは国家と市場の混合経済の強さと弱点が丁寧に分析されていて読みがいがあります。

 ただまたそこから思想的記述になるのですが、これがなんで関係するのか、また話題の先がいろいろとんでしまいどこに照準が合っているのか非常に読みにくいものでした。

 批判めいてしまいましたが、もう少し経済にしぼるべきだった、やはり思想的な訓練(つまり「現代思想」的な課題を研究会レベルや媒体などで論争して切磋琢磨してきた経験)が不足しているにように思いました。

関連エントリー松尾匡『新しい左翼入門』http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20120831#p2
梶谷懐『「壁と卵」の現代中国論』http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20111023#p3

「壁と卵」の現代中国論: リスク社会化する超大国とどう向き合うか

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