若田部昌澄『ネオアベノミクスの論点』

 現時点の日本と世界の経済問題の主要論点を鋭い着眼点で批評した一級の経済論である。ポール・クルーグマンが「低成長と格差の時代を終わらせることができる。本書はその福音となるだろう」と賛辞を送ったのもよく理解できる。

 アベノミクスで最も成果をあげた大胆な金融緩和=リフレーション政策(デフレを脱却し低インフレを実現することで雇用と経済成長を安定化させる政策)をさらに強化し、また不十分であった「第三の矢」(=成長戦略)を改善すること。

 このようなアベノミクスの中のよい部分を進化させる「ネオアベノミクス」は、(リフレの強化、成長戦略の見直し、再分配政策の構築といった三点の)政策イノベーションを通じてオープンレジームを構築することである、と整理することができる。

 序章では世界経済での経済論争が俯瞰されていて、その論点が「成長」vs「停滞」、あるいは「成長」vs「格差」といった対立軸をもったもので、いずれも「成長」がキーになっていることに注目している。トマ・ピケティの『21世紀の資本』も成長と格差解消が矛盾しないことを、若田部さんの本は的確に指摘する。また本書は新書ながら丁寧な参考文献と注釈があり、編集の心意気と著者の真摯な姿勢が感じられるのもいい。読者はこれらの情報から自らの勉強をすすめることができる。

 第1章では2012年後半からのアベノミクスの成果を検討している。そこでリフレ政策が雇用、成長両面で成果をあげたが、それを消費増税が阻害している現状が明らかにされている。特にアベノミクスのキーは「レジーム転換」にあることに解説は重点が置かれている。またアベノミクスを「トリクルダウン」とする批判の根拠のなさ、株価誘導批判の検証、団塊ジュニア世代への再分配の強化などが丁寧に指摘されている。

 第2章では、論壇やマスコミなどに蔓延する金融緩和批判についての反論である。円安日本弱体論、バブル説、実質賃金低下説、財政ファイナンスハイパーインフレ説などを逐次検討し、それらの説の根拠の乏しさ、デタラメさを明るみにしている。また日本の財政の現状や、また「財政再建」においてもリフレ政策&改革による経済成長の実現が最も効果的であることが書かれている。

 第3章は、ネオアベノミクスの解説になる。政策イノベーションとして「3つのR」(リフレーション、リフォーム、リディストリビューション)を遂行し、オープンレジーム(新規参入者を歓迎する政治経済体制)を構築するこおとである。具体的な政策イノベーションとしては以下の一覧をあげている(図表自体は初出の『Voice』論文から田中が引用)。

 また地方経済論、人口減少下の成長の可能性についても具体的な論点の提示と解決のアイディアが提示されていて参考になる。

 第4章では、池田勇人内閣の経済政策ー成長と改革ーと、そのブレーンであった下村治の功績を紹介し、そればネオアベノミクスにいかされるべき歴史の教訓であると若田部さんは書いている。また以前、トークイベントで聞いたふたつの「花見酒の経済」論の紹介、下村と都留重人との「真昼の決闘」などいまの経済政策に直接参考になる話題が書かれていて刺激だ。

 本書はいまの経済問題の俯瞰とその処方箋の方向性を示すものとしてぜひ手元で参照しておきたい一書である。

ネオアベノミクスの論点 (PHP新書)

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