リフレ政策(日本銀行によるインフレ目標付きの量的緩和政策)を「実質賃金を下げる」ことを目的、あるいは帰結してそのままで終わると思ってる人たちが非常に多い。これは間違った悪しき解釈である。
もちろんリフレ政策が効果を与える初期において雇用コスト(≒実質賃金)の切り下げが生じる。しかし同時に失業率の改善、雇用状況の改善(有効求人倍率の改善、いわゆるブラック企業の淘汰など)を実現する。さらに支払い名目賃金の総額が上昇していく(これは単純に雇用者数の増加に依存する)。
そして失業率が低下していきいわゆる「構造的失業」に到達する。その過程で名目賃金の増加だけではなく、労働市場のひっ迫の度合いに応じて実質賃金も上昇していく。実際に日本経済は、消費税増税の悪影響がなければこのプロセスが実現していた可能性が大きい。以下は岩田規久男日本銀行副総裁が最近の講演で紹介した図表だ(質問者2さんの情報提供に感謝)。この図表だと一般労働者は先行して今年の春の終わりから、パート労働者は夏前から(消費税の悪影響さえなければ)増加に転じていた。
ちなみにこの消費税増税による実質賃金の低下は雇用の改善はもたらさない。なぜなら消費、投資などの減少を招くからだ。対して冒頭のリフレ政策による実質賃金の低下は失業率の改善や名目賃金の上昇を通じて、総需要にプラスに貢献する。
このことは片岡剛士さんとのトークイベントの席上でも話した。
参照:http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20141002#p1
またこのプロセスの解説が後付けといわれたくないので、拙著『構造改革論の誤解』(共著、東洋経済新報社、2001年)『日本型サラリーマンは復活する』(NHK出版、2002年)以降の著作に繰り返し書いてあることを付け加える。
ちなみに一般的には実質賃金と景気の動向ははっきりしないといわれているが、僕の興味のあるデフレ期ではそうではない。特にいまの第二次安倍政権下ではいま簡単にラフを描いたようにわりと「名目賃金の下方硬直性」を前提にした方がわかりやすい議論があてはまる。見逃してはならないのは、デフレ経済のこの賃金動向と景気循環に関する「特殊」な状況は、デフレとデフレ期待の小幅だがしつこい持続性がもたらしていることだ。もちろんそんな小幅な持続性をもたらすことができるのは、日本銀行の政策スタンス以外ない。それが緩み「正常」に戻る過程だということ。詳細は先にあげた諸著作を参考にしてもらいたい。
ちょっとだけふれておくが、「名目賃金の下方硬直性」を理解するときに、僕は労働市場とその外部との関係(広義の労働市場)を考えている。ざっくり書くと、求職意欲喪失者や派遣やパート、アルバイトなどの方々の雇用状況が、僕のいう「名目賃金の下方硬直性」に反映されている。例えば「正社員」へのボーナスの調整などは、「外部」(=求職意欲喪失者のプール、派遣、パート、バイト)には、むしろ「下方硬直性」の強度が増している状況だということにもなりうる。例示:不況→ボーナス調整⇔同時並行しての「外部」の調整(派遣切り、新規採用の削減など)。実際に日本経済のここ20年の経験をみても、不況が深まると名目賃金は低下していく、と同時に「外部」の状況も厳しくなっていく。ここで「外部」と書いたが、これは高田保馬がかって指摘した経済外的勢力を反映したタームだ。
デフレ期間中の賃金・雇用動向で、僕の主張が嫌な人(笑)は、原田泰さんのこの論説http://astand.asahi.com/magazine/wrbusiness/2014092300002.html と彼の『日本の「大停滞」が終わる日 』を参照。後者は90年代までのデフレの進行での名目賃金の下方硬直性との「衝突」までしか書いてない。「衝突」以降は、むしろ名目賃金は雇用状況の悪化とともに低下していく。この点についても原田さんの最近数年間の書籍・論説に書いてある。そしてさらに「権威」がお好みならば(笑)、とりあえず翻訳のあるバーナンキの『大恐慌論』の諸論文を参照のこと
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