トークイベント「2014日本経済の回顧と展望」 (若田部昌澄、片岡剛士、田中秀臣)in 荻窪ベルベットサン

 年末の忙しい時期に、若田部さんと片岡さんに無理をお願いして実現しました今回のトークイベント、過去にない盛況でした。ご参加いただいた皆様に厚く感謝申し上げます。話者のおふたり、ベルサンの皆さんにもご苦労をおかけしました。深謝です。

 しかし総計4時間に及ぶ濃密な時間でした。多くの方々は、この四時間で、日本の経済問題の最先端を、歴史的な広がりと、詳細な現時点のデータ分析、政策思想の多様性と対立軸、さらにはこれからの課題と対応策まで一挙に展望できたことと思います。

 お二人のお話はもちろん多岐にわたる論点があったのですが、ごく少数に絞って、僕の琴線(笑)にひっかかったものを以下にメモります。正確なものではなくあくまで僕の要約ですので、実際にはご本人たちが今後公表される成果のなかでぜひご確認ください。

若田部報告
1)なぜアベノミクス批判は絶えないのか →(1)左派三段論法(安倍首相は極右で改憲論者→その政策がアベノミクス→問答無用で悪いに決まってる!)、(2)新自由主義批判=格差社会を生み出すことへの批判、(3)反米感情。しかし、日本の政治経済エリートにとって、安倍首相は挑戦者。

2)安倍首相の「成長戦略スピーチ」に残響する下村治の影 →下村治が参加した高度成長期の「成長論争」。これは金解禁論争の延長戦でもあるし、また同時に今日の安倍政権の金融政策などの在り方を考えるときの重要な参照軸(批判側も伊東光晴アベノミクス批判』に代表されるようにこの「成長論争」の延長でアベノミクスを考えている)。

3)アベノミクス批判(伊東、武田晴人ら)の淵源としての都留重人の政策思想と、それに対立する下村治の経済思想の詳細。

 都留:成長よりも格差解消を
 下村:成長なくして格差解消なし

 この「成長論争」には、アベノミクス論争の今後の論点ー格差と成長ーをめぐる問題もある。トマ・ピケティ、クルーグマンらの考え方の参照。

 笠信太郎の『“花見酒”の経済』と、戦前の石橋湛山の「花見酒の経済」の対比。これは私見では、クルーグマンの子守り協同組合の話の先駆形態としての湛山論説、それと同じエピソードから反リフレ的なものを読みだしてしまう笠の対立ともいえる。

4)高度成長の真実(池田勇人政権の政策ー太平洋ベルト地帯、貿易自由化などの政策イノベーション)と田中角栄の「成長を阻害する再分配政策」について。いま流行の『地方消滅』論(実際には地方自治体消滅論)は、この角栄型の発想の再論。

5)下村治の70年代から晩年までのだめさ。

6)景気対策・経済成長は貧困対策でもある、ということの重要性。ではどうするか? 必要なのは政策イノベーション。日本は政策後進国。政策の面でのキャッチアップ効果がある(=ほぼ確実な成長余地がある)。

片岡報告
片岡さんの報告は10月初めにベルサンで私と一緒に行いましたイベントの動画も参考にしてください。今回はそのときの話を現段階でさらにヴァージョンアップし、またこれからの課題と展望をより具体的にしたものでした。

1)安倍政権の経済政策とは? アベノミクスと消費税増税を区別することが必要。前者は景気を良くする政策。後者は景気を悪くする政策。前者は2013年からであり成長・雇用の改善に貢献。原動力は消費。後者の消費税は14年4月からであり、97年の増税時よりも現状は悪化している。そのインパクトは東日本大震災時に匹敵する。

2)よく販売側の統計で、小売業者の「名目」販売額があまり落ちこんでいないことを持ち出す論者(増税あまり悪影響ないよ論者)がいあるが、名目値なので同じか上昇するのは当然。実質値でみれば激減している。

3)GDPの落込みに最も寄与しているのは消費。家計消費を消費税増税前後でみると、回復どころかL字型のまま停滞していて回復のメドがみえないのが現状。

4)消費税増税前後の在庫の比較は前回の96−97年の期間に比べても劇的なほど需要低下による意図せざる在庫増が現出している。

5)ひとつの明るい指標として、日銀短観から製造業・非製造業の設備投資計画は大きな伸びを示し、またその勢いは持続している。製造業のポジティブな計画の背景には、大企業・中堅企業が貢献している。

6)雇用面では、新規求人数が堅調。この背景には就業率の増加&安定化が寄与している。つまり経済のパイが多少小さくなっても現場の労働者の不足(定年退職圧力)が多きいためなかなか求人が落ちない構造。ただし今後はわからない。

7)片岡さんは今後の政策の方針としては、前回のトークイベントでもこのニコニコの放送のときにも指摘していることですが(というか昨年から我々が増税した場合の悪シナリオに対応した政策として提起したことですが)、政府と日銀が連携を強化し、アコード(政策協定)を結びこと、また日銀法改正(雇用安定の目標追加)を目指す事が必要。つまりリフレレジームの動揺を正すために、リフレレジームの再構築が必要という立場。

 またいまの政府の景気対策(総額3.5兆円)の批判的検討。なぜ3.5兆円か。「成長も財政も」というイデオロギーにしばられてる。つまり赤字国債を発行しないですむ枠内で景気対策が考案されている(総額約3.5兆円、財源は1.5兆円は税収の上振れから、2兆円は震災復興対応の公共事業の未実行分などからなる剰余金で)。額が制約されていることに加えて、使い方の悪い。定額給付金、減税、社会保険料減額などが望ましいが、実際には、大部分が公共投資や政府系の天下り組織へ。低所得層にはこの記事にあるように低額。

8)2%インフレが達成された世界でも、8から10%に消費税が引き上げられれば今回と同じ負のショックが大きい。経済失速、特に実質雇用者報酬前年比はマイナスの可能性。例えば2%のうち1%を所得還元するなどすればなんとかプラスに。

9)PB見通しとこの種の「財政再建目標」の先送りの真剣な検討の余地、原油安のインパクトなど

以上、ざっと適当に僕の注釈や私見もまぜてまとめたので、おふたりの正確な考えを知りたい方は、おふたりの論著などで御確認ください。

 しかし有意義でこうまとめても刺激的な日でした。特に僕の体調が回復には遠かったなかで、とても円滑にイベントが展開できたことをおふたりに感謝します。

 会場様子(質問者2さん提供)