二年先の1%のインフレ率にも言質あたえぬ(白川方明日銀総裁会見)

 金融政策は現状維持であった。話題の多くはいわゆる「札割れ」とLiborそして成長資金戦略とやらに割かれたようだ。正直、どうでもいい問題だ*1

 さて白川総裁の記者会見について経済成長と物価関連の話題をみておく。

(問) 7 月 25 日に山口副総裁が広島の講演で発言した言葉で、「私どもが当
面の目途として目指している 1%には、2014 年度以降、遠からず達すると考え
ています」という表現があるのですが、これは、あと約 2 年近い間、金融緩和
を実行しても 1%には達しないという理解で良いのでしょうか。また先程、消
費税の質問で、消費税増税をすることで財政健全化に資するという話があった
と思いますが、デフレ下で消費税増税をしても税収は伸びないという意見もあ
るのですが、これに関してはどうお考えでしょうか。
(答) 1 問目ですが、日本銀行は、先月、展望レポートの中間評価を行いま
した。消費者物価(除く生鮮食品)について、2012 年度は+0.2%――4 月時
点での見通しが+0.3%でしたから、ごく僅かに下方修正していますが、いず
れにしてもほぼ同じ数字です――、2013 年度は+0.7%でした。2014 年度は、
数字での見通しは公表していませんが、「遠からず 1%に達する可能性が高い」
という見通しを公表しました。包括的な点検作業は四半期毎に行っていますが、
今回の決定会合では、現在、景気・物価の基本的なシナリオを変える必要があ
るとは判断していません。私がご質問の趣旨を正確に理解しているかどうか分
かりませんが、長い先の物価を理解していく時には、やはり、物価を巡る大き
な環境をしっかり押さえていく必要があると思います。物価の動向を規定する
最も大きな要因は、やはり何といっても需給ギャップだと思います。先月発表
した成長率の見通しをみると、潜在成長率を上回っているので、需給ギャップ
は縮小していく方向にあります。実際、過去の物価動向をみても、2009 年 8 月
に過去最大の落込み幅であるマイナス 2.4%を記録し、その後はマクロの需給バ
ランス改善を反映し、概ねゼロ%まできています。そういう意味で、先々を
展望する上では、需給ギャップの動向から、改善していく方向にあると考えて
います。また、必ずしも需給ギャップにはうまく反映されませんが、労働需給
が徐々に改善するもとで、最近は賃金も下げ止まってきています。中国の賃金
上昇等を背景に、以前ほど安値輸入品の流入は目立っておらず、輸入コストは
上がってきていることもあります。それから、企業の価格戦略において、他と
の差別化を意識した商品開発を行う傾向が強まっています。そうした大きな物
価を巡る環境を意識して、先程申し上げた判断になっています。もちろん、先
行きの物価情勢を巡る様々な不確定要因がありますので、注意してみていきた
いと思っています。
もう 1 つは、デフレ下での税収についてのご質問です。これは、「デ
フレ」という言葉の定義にも依存すると思います。「デフレ」という言葉は、
「物価が継続的に下落する」という意味で使われるケースもありますし、「景
気が悪い」という意味や、「資産価格が下落する状況」を表す言葉として使っ
ているケースもあるなど、色々な意味で使われています。過去 20 年間の歳入
あるいは歳出を、物価、あるいは実質成長率との関係でみると、非常に興味深
い事実が観察されます。まず、歳入について、GDPデフレーターとの関係で
みると、GDPデフレーターの伸びと名目の歳入の伸びは、実はあまり相関関
係がありません。一方、実質成長率と歳入の伸び率には、明確な正の相関関係
があります。歳出については、物価上昇率が上がるケースでは増える。それか
ら、実質成長率が高まっていく、景気が良くなっていく時には、全体として歳
出の伸びは低下し、景気が悪くなってくると、公共事業など様々な支出、歳出
が増えていくという関係があります。現在の歳入と歳出のバランスを考えると、
もちろん、歳出の方が多くなっています。そういう意味で、財政バランスにつ
いてみると、実質的に成長率が高まっていく時には、財政バランスが改善して
いくことになります。そして、実質的に成長率が高まっていく時には、需給
ギャップが小さくなり、物価が上がってくることになり、それはそれで歳入に
対してプラスの影響を及ぼすと考えています。ご質問は「デフレ下で」という
ことでしたが、一番大事なことは、成長率が高まっていくもとで、経済の体温
も上がり、物価も上がっていくという経済では、歳入が増えてくるということ
です。

記者の問いは2014年に1%インフレ率を実現する見通しか? というものだが、それに対する答えは、「2014 年度は、数字での見通しは公表していませんが、「遠からず 1%に達する可能性が高い」という見通しを公表しました。」であり、なんと報道とは異なり、14年度の1%達成さえも明言していないことになる。ちなみに物価展望レポートはその都度修正されてしまうので、いつまでたっても「シナリオ」どおりであることも付け加えておく。

繰り返すが、14年度も現状の日本銀行は1%のインフレ率を見通していないということだ。

さらに後段は興味深い。名目経済成長率の変化というGDPデフレーターによって左右されるものの貢献を無視して、要するにデフレ脱却しても財政問題には貢献しない、つまり日本銀行財政問題とは無縁である、というメッセージである。デフレの継続とその解消自体はまったく財政問題に無縁ではあるが、実質経済成長率ーつまりは構造的な問題の解消ーこそが財政問題を正す道である、というのが日銀総裁のメッセージである。

 だが他方で彼は需給ギャップに注目している。それの解消が重要であると。需給ギャップを解消すると、現実の成長率(実質経済成長率も)改善していくだろう。では、需給ギャップ日銀総裁はどうして縮小してきているといっているだろうか? 消費、民間投資、公共投資の改善だ。これらの需給ギャップ縮小というのは、名目値での(=物価上昇分を含んだ)消費、民間投資、公共投資の増加によって支えられている。この総需要の増加によって生産も増えていくはずだ。

つまり名目国内総生産(名目国内総所得)の回復=デフレの解消があってこそGDPギャップは解消され、それが生産を増やすつまり実質国内総生産(実質国内総所得)の回復につながるのだ。

以上のプロセスには必然的にGDPデフレーターの上昇(つまりはデフレからの離脱)が含まれている。これがないとそもそも日銀総裁のいうようなGDPギャップ縮小の動きという彼自身の発言とも矛盾してしまう。

どうも総裁発言は、デフレ脱却と財政問題は無縁(したがって日銀に責任はない)といいたそうであるが、実際に彼の発言と矛盾しないためにも、日本銀行の責務であるデフレ脱却は、実質経済成長率を上昇させる、つまりそれによって財政問題が解消されることでも重要なのである

 さて次のやりとりも興味深い。最初に書いておくと、白川総裁は、あたかもデフレ解消が単に名目GDPを増やすだけで終わってしまう(=物価だけあがって終了)というような可能性を後で引用する部分でいっているのも奇怪きわまりない。まるで雇用も生産も一切回復することなく、名目GDPだけが増加する世界がいま日本で実現してしまうかのようである。そんなことは上にも書いたがいまの日本では起こりえない。それは彼自身が認めていることでもあるのだ。

(問) 政府は、景気回復として 2%を掲げている一方、日銀の先程の話です
と、2014 年までに 1%ほど持ち直すという山口副総裁の発言もあったと思うの
ですが、この 2%と 1%の乖離は、どう解消していくのか、お伺いします。
(答) まず最初に、元々のご質問に対する私の答えの趣旨は――尐し長かっ
たので、もう尐し簡潔にお答えします――、確かに名目GDPが増えると税収
は増えるわけですが、「名目成長率の上昇が必要」と言うと、理屈上は、実質
成長率が高まらなくても、物価上昇率が上がるだけで税収が増え、財政バランス
も改善するというインプリケーションになりますが、そうではない、という
ことを申し上げたわけです。つまり、実質成長率が高まっていき、そのもとで
物価が上がるという形で名目GDPの成長が実現する時には、財政バランスが
改善するということを申し上げたわけです。その意味で、財政バランスが改善
する時は、単に名目GDPの成長率が高まるだけではないということを申し上
げたわけです。

デフレ脱却とその後の経済の安定化(名目・実質の経済成長率の安定化)こそ財政問題に大きく貢献する。白川総裁の発言は、日銀の責任(14年度1%の実現でさえあやふやだ)をあいまいにするためにかえってこの経路をあやふやにしてしまっている。

日本銀行が自らの責任でデフレ脱却をして、名目GDPの成長率を高めなければ、実質経済成長率も上昇せず、したがって財政問題も解消しないのだ。

*1:はいはい、ミクロ好きな人やマーーーーケット関係者には重要だけどねw