P・シーブライト『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?』

進化心理学的知見と経済学的思考をクロスさせたとても大胆で、また刺激的な本。

 圧倒的に人間は合理的打算(≒利己的計算)で物事を考えるけれども、そんな「殺人ザル」的な世界のなかでも、ほんのわずかな「強い返報性」(好意にはより多めの好意を返す)が存在するだけで、「殺人ザル」=人間は、まわりが自分とは血縁関係にないような赤の他人とでもなんとかやっていけるように適応してきた、というのがだいたいのシーブライトの主張だろう。この打算と強い返報性は相互に補完して人間の分業や協力の基礎ともなったすばらしい「徳」である。

 「返報性や公平性といった理想は信用を強固にはできても、利害の共有という基盤がなければ、それだけで無から信用を生み出すことはできない」:

 もちろんその反面、「打算と返報性との補完」(=視野狭隘とも本書では表現されている)は、戦争、環境問題、金融危機などの発生にもつながる脆い側面も有している。

 例えば、以前このブログでもとりあげたオルレアンの『価値の帝国』での議論のように信頼の崩壊による経済的危機の発生は、本書の議論と接合することが容易であろう。

 各論にも面白い論点がある。エリアスの文明化の過程の新解釈、モースの贈与論の解釈、なぜ精神的な疾患に投薬が好まれ、対話療法が敬遠されるのか、社会的排除の形成、国家維持の三条件など興味深い話題が目白押しである。あまりにもたくさんの話題が詰め込まれているので、前半と後半の連動がわかりにくくなっているのが弱点といえばいえるかもしれない。しかし久しぶりに読書の喜びを感じた一冊である。

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学