東日本大震災直後からいわゆる「リフレ派」は様々な媒体で発言を積極的に行ってきた。以下では主に代表的なものとして三冊をとりあげる。原田泰さんと岩田規久男日銀副総裁の本、そして麻木久仁子さんと田村秀男さんと僕の共著だ。最後の一冊は別なエントリーを作って後ほど掲載する。
書籍の内容紹介は自著のもの以外は当時のブログの記述による(一部だけ修正した。また岩田先生は日銀副総裁でなかったので「先生」のまま)。
原田泰『震災復興 欺瞞の構図』
東日本大震災の復興のためには19〜23兆円必要で、それを賄う10.5兆円の増税が必要だ、というのは端的に欺瞞もいいところだ、というのが本書の中核のメッセージである。そんな非効率的な「復興」は、復旧さえもあぶなくし、まさにゴーストタウンを生み出すかもしれない間違った政策だ、というのが原田さんの主張だ。
原田さんによれば、震災で毀損した物的資産は公的資産&民間資産合わせて6兆円である。日本全体の物的資産は1237兆円であり、国民一人当たり966万円の資産。被災した人の人数は50万人と目されるのでこれに966万円を掛けた4.8兆円程度になる。これを多めにとり6兆円にする。民間の資産を2、公的資産の割合を1とすれば、民間資産は4兆円、公的資産は2兆円である。
再調達価格で考えれば民間資産の損失は4兆円ですまないだろう、という批判に対しては、原田さんは震災のときだけ新品で返すのは不公平だとする。
また仮設住宅も高台移転のコストも非効率的である、と第2章では復興計画のコスト感覚の欠如を指摘している。さらにいままでの震災対応の予算編成を仔細に点検して、いかに無駄な支出が多いかを列挙している。その政府側のキーワードは将来のための人づくりや新産業づくりだという。震災復興に、新しい世代のための投資は政策の割り当てを間違えているし、また新産業づくりを政府や地元の自治体ができるわけもない。あるとしたらお金をつかわずに規制を緩めることだろう。
論点となりやすい漁業問題についても原田さんの視線は冷静だ。漁業自体が被災県の経済規模に対して、関連業種を含めてもそれほど大きいウェイトをしめていない。そのわりには復興費が大きくなりがちな議論がされている。また漁業権についても効率化の観点の導入をすすめている。ここらへんは本書でもっと議論があったほうがいいかもしれない。
またなぜインフラ整備に時間がかかるのか、それを技術的な理由以外に、原田さんは時間を延ばしたほうが、現地でインフラ建設で生活する人たちを細く長く暮らすことが可能だからである、と政治経済学的な指摘をする。この指摘は面白い。つまり工事は遅延すればするほどいいのだ。
さらに最も安上がりの復興策については、原田さんは個人への公的援助ーつまりは現金の支給を主張している。僕もこの案は賛成である。50万人に1000万円配れば5兆円である。これに原田さんの試算をかりて、僕の勝手な見積もりだが、公的資産の復旧に2兆円。民間資産の復旧にも1兆円程度の予算を計上してもせいぜい8兆円ですむかもしれない。もちろんこれには原発対策費は一切考慮していない(原田さんの本でもそうである)。
このような個人の選択にまかせる公的援助の分配の方が、政府や地方自治体が使い道を決めるものよりもいい(すべて個人が決めるわけではないのは先にも書いた通り)。
さらに原田さんは、金融緩和政策をしていないために、マンデルフレミング効果が働いてしまうこと、また現時点の財政効果はあっても支出が終わればゼロかマイナスになりかねないというゴーストタウン効果を指摘している。この両方の効果は、過去に関東大震災でも阪神淡路大震災でも見られたことだ。特にデフレが深刻化している。
最終章は東電を中心にした原発問題についてである。東電が原発を中断し、火力などで電力を供給することで、燃料費の高騰を理由に値上げを請求している。これに対して、原田さんは電力市場の自由化をさらにすすめれば、電気料金の値下げの効果があるはずだ、と示唆する。これは正しいだろう。
復旧と個人への公的援助を主軸にして、「創造的復興」という幻想をすて、官僚たちのムダ金遣いと、彼らの天下り先の創造はやめよ、というのが本書の中心的メッセージだろう。
- 作者: 原田泰
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/03
- メディア: 単行本
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岩田規久男『経済復興』
岩田先生は日本銀行理論への一貫した姿勢から一般的には金融理論の専門家「だけ」のように思われるが、もうひとつ重要な専門家としての側面は都市経済学のプロであることだ。今回の東日本大震災の復興をテーマにした本書でもその都市経済学の専門的見地が十分に活用され、またいつもと同じように読みやすい構成になっていて、おそらくこれから類書が何冊も出るなかで最もすぐれたものとなるだろう。本書は、歴史ーマクロ政策ー復興のための都市た地域の再生策ー災害の経済史ー原発問題を中心にしたエネルギー政策の再検討ーなど、読者に復興政策の多用な側面を切れ味抜群の解説と処方を提供している。
特に最近の復興政策では、「日本の財政危機が大震災で早まった。もう国債発行の上限であり、このままでは増税しないと日本は破滅する」みたいなことを平気でいう人が、復興構想会議の検討部会や、また有力のエコノミストたちにすくなからずいる。こういう人は、国民の代弁ではなく、債券市場を代表している、と自ら述べることもあるようだ(つまり自分たちの利害が国民や被災者より優先していると明言しているんだろう)。
例えば、国債発行して、あとはその償還を10年ぐらいで「少子高齢化」が本格化する前に終わらせる、という発言なんかその変形ヴァージョンだ。これは一見するともっともらしいが、ただ単に「少子高齢化」を人質にして人の思考を沈黙させているだけにしかすぎない。例えば、twitterの方で飯田泰之さんが以下のように述べていた。
@iida_yasuyuki 100回書く.最大の30兆財源が必要だとしても30年債の年償還は1.3兆.河野氏の主張する12兆円なら5000億円行かない.なぜ10年なんて不思議な区切りを使う??
本当に不思議だ。今度出る『正論』の座談会でもこの謎、というかバカげた発想を問題にしている。
もちろん被災地の復興には莫大な資金が必要で、そのための財源をどうするかは重要だ。岩田先生の本ではこの問題もクリアに解説している。まず財源は日銀引き受けの国債発行で調達する。これはデフレも脱却できる(デフレを脱却できないと資産がなく債務だけ残った被災者の実質債務も増加する)。日銀にはインフレ目標を導入する(デフレも高いインフレも防げる)。インフレ目標により名目成長率を5〜6%程度に高まれば増税しなくても税収が増え、財政再建のめどがたつ、というのが岩田先生の主張だ。
例えばいままでの統計から、名目GDPが1パーセント増えると、一般政府収入は1.4%増えるという安定した関係がわかる。そうするとこれをもし名目成長率が例えば4%だったら、(消費税になおして…消費税を導入してじゃないよ)消費税換算で6.5%にも2020年にはなる。つまり消費税をそれだけあげたのと同じだけの政府収入効果が期待できる。しかも日本がデフレで失った名目価値の毀損も十分に払うことができる。もしこれでもまだ財政再建のめどがたたない(たぶんその可能性は官僚たちのムダ遣いだろう)ならば増税するべきである、といっている。ただし内需振興が可能な相続税増税は考慮してもいいという。
さて僕の専門で一番興味深かったのは、石橋湛山の戦後の政策への評価だ。いままでの通説(小宮隆太郎氏の解釈)では、湛山は引き締めが必要だった高いインフレの時期にも、戦前と同様にリフレ政策を主張していて、その考えは誤りだ、というものだった。
実はこの小宮解釈については、このブログでも再検討すべきではないか、と疑問を提起したことがある。岩田先生は、石橋が蔵相時代、またそれ以降の時代も、日銀の国債直接引き受けを利用して、敗戦の中の日本の経済を活性化させ、高いインフレの一方で、消費・投資・実質成長率をきわめて高水準に保ったことを高く方かする
最高190%にも達した高いインフレ時期に、なぜ実質成長率が16%もの高率だったのか。それは高いインフレ時期と連動してドッジ・ラインのデフレ政策が続くまで継続した、いわば湛山の遺産だ。その遺産の謎は、このブログでも湛山自身の見解として紹介しているし、岩田先生の本にも書いてあるが、当時は事実上のデフレ的体質の経済だったのだ。他方で高いインフレもあるが、これは貿易閉鎖のための原材料が圧倒的に不足していたから、つまりいまのことばでいうと消費者物価指数の総合指数の動きが急であり、他方で経済の実勢はデフレ的傾向なのである。
湛山の言葉を以前のブログから引く。
言いかえればあのインフレは成程一面に於いては紙幣の膨張になりましたけれども、同時に経済界の大きな恐慌を伴って居つたのです。経済界は非常な恐慌であり不景気であると云ふのが現状であつて、普通にインフレに伴ふ景気現象はないのです。ここに今日の所謂インフレというものが、普通に云はれるインフレと非常に性質が違ふ所と私は考える。これは恐慌の問題であり、不景気の問題である。そうすると、どうしても八千万の国民が働けるように早く経済界を立て直し、生産を増進することが根本問題であって、徒にインフレを恐れて、消極策を採り、益々生産を阻害して国民各自の働きを鈍らせることがあっては、せっかくインフレを防止しようとしても、其の目的に甚だ反するものと思ひます。勿論、そうだからと云って紙幣が膨張しても宜しい、物価が上がってもう宜しいと言ふ意味じゃありませんけれども、何よりも先に生産を殖やすと云ふことに着眼しつつ、同時に金融、通貨、物価などの調節を図る、ここに中心の目標がなければならぬを私は信じて居るのであります。
岩田先生が引用している湛山の言葉も引いておく。
戦後の日本の経済で恐れるべきは、むしろインフレではなく、生産が止まり、多量の失業者が発生するデフレ傾向である。この際、インフレの懸念ありとて、緊縮財政を行うごときは、肺炎の患者をチフスと誤謬し、間違った治療法を施すに等しく、患者を殺す恐れがある(46年7月衆議院本会議の演説より)
戦後のハイパーインフレで人々の生活は苦境に陥ったとする毎度定番の見方はこれから何度も見直しをかけなければならない問題だろう。
- 作者: 岩田規久男
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2011/05/12
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