片岡剛士さんに掲載されてるのを聞いてさっそく読破。浜田先生とイエレン議長との個人的な思い出とその人物評価ー社会的正義を重んじる態度と金融の理論家&実務家、そして人の話を聞く柔軟で目配りの利く姿勢などーが多くのエピソードとともに書かれています。
とくにイエレン議長の学問的背景にある「イエール・アプローチ」の説明、またその創始者でありイエレンと浜田先生の先生であるジェイムズ・トービンの経済学のエッセンスの紹介、そしてイエレン議長に与えたトービン、そしてジョセフ・スティグリッツ、夫のジョージ・アカロフからの学術的影響と人間的な影響についても興味尽きない記述があります。
先日退官された僕の「先生」である藪下史郎先生もイエレンと同じように、トービンとスティグリッツの教えをうけてそれを大事にされている人です。先日の退官記念講演でもこのブログで紹介したようにトービンとスティグリッツからの影響をコンパクトに解説されてましたが、その意味で今回の浜田先生のイエレン議長についての短文は内容が呼応していて、個人的にはとても刺激されました。
イエール・アプローチというのは、詳しくはトービンの著作(『トービン金融論』)を参照すべきですが、1)経済には複数の資産(貨幣、預金、株式、不動産)が存在し、それぞれの資産は互いに完全代替ではなく、不完全代替であること、2)人々は環境、期待、情報、リスクに対する態度に応じてそれらの資産を合理的に選択する。3)利子率やそれぞれの資産の収益率は1)と2)の前提の下で、各資産市場の需給が一致して決まる、4)利子率や資本の必要収益率(つまりトービンのq)は投資と消費に影響を与える。ストックからフローへの影響。
浜田先生のイエレンが「現在FRBがやっている量的緩和策は、まさにトービン先生の『イエール・アプローチ』なのです」と発言したことを紹介されていますが、これは上の説明からもわかるとおりに、浜田先生の表現を借りれば、「中央銀行がさまざまな資産を市場から買うことで、長期金利を下げ、消費をうながすことを狙」っているものといえます。もちろん消費だけでなく投資にも影響を与え、さらには消費と投資が刺激されればGDPも拡大し、GDPの拡大は貨幣の取引需要を増加させることでマネーサプライの増加を吸収します。
浜田先生が論説の中でトービンからイエレンへの継承として、この「イエール・アプローチ」と他に「一般の国民の生活への視線」を共有したことを強調しています。この「視線」は、トービンだけでなくスティグリッツやアカロフらにも共通のものです。特にイエレンの場合には、浜田先生のご指摘の通りに雇用の重視、特に金融政策の効果と雇用との関連が重視されています。もちろんイエレンが「不変のハト派」(不変の金融緩和論者)ではなく、インフレには強い姿勢で臨む可能性も指摘されています。あたりまえですが、雇用の水準が完全雇用水準に達すれば、そのときに対応しているインフレ率を上回ることは、また国民生活に負担を与える可能性が強いからです。
とてもコンパクトにまとまった現代経済学の背景への入門になっています。ぜひご一読ください。
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