飯島衛『多様性と個性』

 子どもの宿題で生物多様性というのがテーマだと聞いて、ふといまから20年ぐらい前に受賞した「飯島賞」とその由来である飯島衛先生のことを思い出した。賞のことはさておき、飯島先生は早稲田大学の教養課程で生物学の基礎を教えておられた人である。申し訳ないのだが、僕は飯島先生の講義は受けなかったし、また在学中にお見かけしたことも確かないはずだ。なので飯島賞を受賞して未亡人の御宅に受賞のお知らせでお伺いしたときにはちょっと引け目を感じた。そのときに同行していただいた政治学者の藤原先生もいまや鬼籍に入られた。行きの電車の中で「ドナルド・ウィンチをどう思う? 僕は好きじゃない」といったのが記憶にある。話を戻すと、そのときの申し訳なさからか、古書店で飯島先生の本を買った。その中にあるのが生物の多様性をメインテーマとした「多様性と個性」である。もちろん門外漢なので、ななめ読みしかできないわけだが、一般向けにも配慮してあってそんなに苦労せずに読める。

 「生物には斉一性(一様性)と多様性の二側面がそなわっていて、両者はおなじ銅貨の表と裏のごとく、二にして一なるものである。近代生物学の主流は…斉一性へと大きく傾いた。……私は現代生物学にたいして、この多様性への注目をここしばらく要請してきた…多様性のゆきつく果ては個体性となる。…それぞれの個体がその最終の自然の単位で、それら個体群のおおくが群れとか集団をなしているのが自然の実態であろう」。

 この「個体性」自体が複雑な論点とそれに関連した思想的方向をもつことが本書でも議論されている。本書ではまた今西錦司の生物学に対する包括的で批判的な論考が収録されてもいる。今西は日本の経済学にも多少の影響をもつだけに便利な概論である。子どもの宿題に関連してふと思い出したのでこの著作をご紹介。