書評:トーマス・カリアー『ノーベル経済学賞の40年』

 今年の初めに産経新聞に掲載された書評を、ノーベル経済学賞の発表が近いのでブログに元原稿を掲載。
 カリアーの現状の経済学賞批判には納得できる側面も多い。やはり経済学は価値判断の対立がどうしても残る(それをないものと見なそうor無頓着な経済学者も多い)。その点をあからさまに論じたのが本書の意義だろう。

ーーーーー

 例年、秋になると世界中の話題を独占するのがノーベル賞の発表だ。ノーベル賞は、物理、化学、生理学・医学、文学、平和、そして本書の主題である経済学から成るものと一般に思われている。だが、実は経済学賞は、「ノーベル賞」ではない。正式名称は、「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」という。スウェーデン国立銀行が資金の提供をノーベル財団に申し込み、1969年に新設されたもので、正式にはノーベル賞には入らない。もちろん記念講演や授賞式も、ほかの賞と一緒に行われているし、本書の日本語題名のように「ノーベル経済学賞」と表記されるのが一般的だろう。だが、ノーベル財団では、「経済学賞」の表記が用いられている。
 このノーベル賞ならざるノーベル賞の40年にわたる総計63名の受賞者の略歴と業績を、パノラマ的に解説したのが本書の大きな特徴だ。しかし著者は、単なる受賞者の研究成果を並べているだけではない。語り口は辛辣であり、経済学の本質をズバリと射抜くような批判的精神が、随所に発揮されている。
 著者によれば、経済学賞の選考は極度に歪んでいるという。特に市場を過度に重視している経済学者を積極的に選び、またシカゴ大学など特定の大学に受賞者を集中させてしまっている。もちろん特定の大学に受賞者が集まってもそれ自体が悪いわけではない。著者は、シカゴ大学を中心にした経済学が、現実世界をうまく説明していないか、あるいは多くの場合は弊害すらももたらしていると断罪している。特にミルトン・フリードマンやその伝統に立つ経済学者たちの考えは念入りに批判されている。
 他方で、市場経済を批判的に分析し、生前受賞をのがしたケネス・ガルブレイスジョーン・ロビンソンらの復権を選考委員会はなんらかの形で行うべきだとも提案している。
 著者の経済学に対する現実重視の態度はよくわかる。また批判する相手であってもその業績紹介は極めてバランスがとれてもいる。本書を通読すれば、現代の経済学の課題と可能性をよく知ることができるだろう。

ノーベル経済学賞の40年〈上〉―20世紀経済思想史入門 (筑摩選書)

ノーベル経済学賞の40年〈上〉―20世紀経済思想史入門 (筑摩選書)

ノーベル経済学賞の40年〈下〉―20世紀経済思想史入門 (筑摩選書)

ノーベル経済学賞の40年〈下〉―20世紀経済思想史入門 (筑摩選書)