“リフレ運動”雑感

 安倍首相の登場でリフレが日本の世論にも浸透した。ここに至るまで10数年、いや岩田先生や原田さんたちの戦いから起算すると20年になる闘いの歴史がある。あとから振り返ると、経済学者ゆえに学的貢献が目についてしまうのだが、僕は元編集者なのでちょっと違う見方をとっている。

 アベノミクス誕生に至るまで、それこそ膨大な試行錯誤・失敗の積み重ねが表でも裏でもあったはず。例えば「リフレ派」(正直、これってどう考えても便宜的w)に発言機会を継続して与えてくれた媒体(メディア)やそこで働く人たちの貢献はマックス大きい。テレビ、ラジオ、新聞で働く人たち、出版社の編集者たちやその経営者たち。

 これらの人たちが支えてくれなければ、リフレ「運動」はとうの昔に消滅していたと思う。また学者ではない人たちの多大な貢献を忘れてはいけない。山形浩生さんや宮崎哲弥さんや勝間和代さんやそしてリフレ派冬の時代wでめぐりあった上念司さんたちの貢献。

 ネットでは岡田靖さんの遺産も大きいが、彼の死去の後に本格化していったさまざまな政治的ルートの開拓に貢献した方々、政治家の人たちも多い。馬淵澄夫さん、小沢鋭仁宮崎岳志、金子洋一さんたちが、“あの”民主党でどれだけ頑張ったのか、最近さらによくわかるようになった。

 民主党政権時代はリフレ「冬」の時代であってもおかしくなかったのに、運動自体は過去考えられないように結集していったのは、この政治的運動の貢献がでかい。またネットをみても、岡田さんの掲示板時代の遺産は未だに継続しているが、他方で民主党政権の時代から右派的リフレの動きが広まったのも見逃すべきではない。それは理論的にも感情的にも混乱をともないつつも、言葉の正しい意味で草の根レベルの結集であるといえる。

 これが僕の考える視点からのリフレ「運動」のスケッチだ。「理論的」な側面からは、以下の若田部昌澄さんの復刊に新たに付された「リフレ戦記」を参照されたい。

経済学者たちの闘い―脱デフレをめぐる論争の歴史

経済学者たちの闘い―脱デフレをめぐる論争の歴史